大韓民国の建国史340

朴正煕政府を悩ませた米・日、金大中を支援した日本人たち
日付: 2024年02月14日 11時48分

 韓米間で緊張と葛藤があった後、米国は「栗谷事業」を積極支援すると表明した。だが、韓国の安保を心配してくれるのは、駐韓米国を中心にワシントンの保守層のみで、民主党などワシントンのリベラル勢力は朴正煕政権に対して敵対的だった。
そしてワシントンの反朴正煕勢力は、韓国内の朴正煕の政敵たちを最大限利用した。彼らは反朴正煕さえ標榜すれば、誰でも支援し利用した。その先頭に金大中がいた。金大中は1970年代初頭から平壌の金日成と「連邦制」の用語を共有してきた。いわゆる先進諸国の外交、情報当局や政治家などは、共産全体体制主義に対して驚くほど警戒心が薄い場合が多かった。
金大中は、朴正煕軍部独裁に対抗する民主化運動家として振る舞い、米・日の政界、言論界などに接近、助けを要請した。韓国に対する様々な利害と動機を持つ者たちが金大中と緊密に接触し始めた。金大中は米国と日本に居住する韓国人との連携に力を入れた。
「10月の維新」が宣布されるや海外に亡命した金大中は、韓国民主回復統一促進国民会議(韓民統)を自身の活動基盤にすることにした。1973年7月6日、ワシントンで韓民統米国本部初代議長に就任した。そして韓民統日本本部を設立するため東京を訪れ拉致される。
「民主化運動」の仮面を被った韓民統日本本部の正体は、朝鮮労働党日本支部(朝総連)の別動隊だった。労働党日本支部はすでに在日韓国民団を掌握するための工作を緻密に展開、東京や神奈川をはじめ、関西地方など日本の主要地域の民団組織内に工作網を構築した状況だった。郭東儀など韓民統の核心分子は、平壌と労働党日本支部によって訓練されていた。
金大中は彼らによって韓民統日本部の議長に推薦された。在日韓国民団を破壊し韓民統を作るため、労働党日本支部は莫大な工作金を使用した。在日党(朝総連)内の特別な部門が平壌の指示を受け韓民統を指導した。
韓民統事務総長だった趙活俊のような人々は金大中に支援された平壌側の資金内訳が分かるようになった。それで趙活俊は、生前に金大中の資金調達の闇について資料を蓄積、金大中が大統領になった後、これを持って金大中側を圧迫したと言われる。
朝鮮労働党日本支部は、いわゆる韓国の民主化運動、つまり、金大中を助けるためあらゆる努力を尽くした。金日成自身が日本社会党や宇都宮徳馬など日本政治家たちに金大中を支援して欲しいと要請したのは有名な話だ。朝鮮労働党日本支部の対南工作のインフラとその宣伝扇動手段が金大中支援に動員された。
朝鮮総連と密接に連携した人々はもちろん、韓国に対して警戒心を持っている日本当局の関係者まで金大中を支援した。彼らの中には、自分の行動が後進国の大韓民国を助ける行為だと信じた人々も少なくなかった。また、彼らの猛烈な努力により、自民党政権の要人の中にも金大中との縁、接触を誇り、金大中を支援する場合まで現れた。
韓民統が朝鮮労働党の支援と指示を受けていることを把握した韓国の公安当局は、韓民統を親北、反国家活動団体として対したが、いざその首魁の金大中に対しては公安次元の対応をしなかった。いや、できなかった。
金大中は1976年、緊急措置9号違反で拘束され2年後、仮釈放されたが、金大中は単に維新に抵抗する「民主人士」として扱われた。
(つづく)


閉じる