金正恩総書記が昨年末から年初にかけて「南北統一」を放棄すると高らかに宣言した。これは北韓が80年近く掲げてきた国是の放棄であり、北韓建国史上、重大な大転換宣言である。
第二次世界大戦後に分断された韓半島の統一問題は、南北のみならず国際政治において重大なテーマであり、南北双方とも統一国家の建設を大義名分にしてきた。それだけに、正恩氏の統一放棄宣言は韓国のみならず周辺国家も含めて、外交、安全保障、民間交流など全ての分野において再考、もしくは方向転換を余儀なくされるだろう。
ところが、韓半島に関わる政治家や専門家などの反応はいまひとつ鈍い。どうやら正恩氏の本気度を見極められないようだ。統一放棄宣言は対北強硬姿勢を貫く尹錫悦政権に対する反発であり、米韓が融和的な姿勢に転じれば統一放棄宣言も引っ込めるだろうという見方もある。または、硬直した対外関係を打破するためにあえて強度の高い対決姿勢を打ち出した、再開するであろう南北交渉時に有利な立場で臨むため高いハードルを設定した、などの分析も見受けられる。
いずれも一時的な政策転換という見方だ。しかし、金正恩氏は南北統一の大義名分を捨てると予想していた筆者は、統一放棄宣言は一時的なものではなく、重大決断だと見ている。金正恩氏が統一を放棄した理由の一つにあげられるのが、韓国の親北勢力に対する失望だ。
金正恩氏の実妹である金与正朝鮮労働党副部長は1月2日、「大韓民国の大統領に送る新年メッセージ」という談話を発表した。対北強硬路線を取る尹錫悦(ユン・ソギョル)大統領への非難だが、それ以上に文在寅(ムン・ジェイン)前大統領に対して辛辣な評価を投げつけた。
与正氏は、北韓の核・ミサイル実験の禁止を懇願しながらも、文政権が米国の戦闘機を購入し、バイデン政権にミサイル指針の撤廃を要望し合意に結びつけたことを取り上げながら「実に扱いがややこしい相手であったし、本当に安保をむさぼるすべを知る人であった」「特有のたどたどしい口調で『同じ血筋』だの、『平和』だの、『共同繁栄』だのと言いながら肉片でも切ってくれるようにとろけさせるその手際は並大抵のものではなかった」と非難した。
南北首脳会談を実現させた文氏の業績を徹底的にこき下ろしたわけである。李明博、朴槿恵の両保守政権によって、思うような対外関係を築くことができなかった金正恩政権にとって、はじめて対峙する融和的な政権が文政権だった。
南北関係は一見雪解けが進んだように見えた。史上初の米朝首脳会談、中朝、ロ朝会談も実現したことから、金正恩政権は韓国の親北勢力は利用できるという手応えを感じたのかもしれない。ところが、その後米朝関係は破綻。橋渡しに過ぎなかった文政権は何もできなかった。
文氏の背信と無力に対する絶望と怒りが読み取れる与正氏の談話は、金正恩氏の統一放棄宣言と併せて韓国親北勢力への絶縁状なのかもしれない。もはや金正恩氏の統一放棄宣言を覆すのは不可能な域に達しつつある。