朝総連の機関紙「朝鮮新報」は15日発行の1面トップで、能登半島地震の被害に対して、金正恩総書記が岸田文雄首相に見舞いの電報を送ったことを報じた。国会や拉致問題集会などで、岸田首相が日朝首脳会談の早期実現に意欲的な発言をしていることから、北韓側が対話の意思を示したとみられる。自民党幹部と朝総連幹部が極秘会談を重ねているという情報もある。3月21日と26日にはサッカーW杯アジア2次予選の対北韓戦があり、これを契機に日本と北韓の対話が急速に進む可能性がでてきた。一方で北韓は韓国に対して敵意をむき出しにしていることから、韓日分断の意図を読み取る北韓ウオッチャーもいる。
朝総連と自民幹部が極秘会談か
朝鮮新報が報じたのは、金総書記名で5日に「日本国総理大臣岸田文雄閣下」という宛名で送付した電報。「日本で元日から地震によって多くの人命被害と物質的損害を受けたという知らせに接し、遺族と被害者たちに深い同情とお見舞いの意を表します」とし、「被害地域の人々が一日も早く安定した生活を取り戻すことを願っています」と報じた。
初の尊称「閣下」
韓国統一省によると、金総書記が日本の首相に「閣下」という尊称を使ったことは初めてとしている。
これまで北韓からの電報は、2011年3月の東日本大震災発生時に、国会に相当する最高人民会議の常任委員長名義で朝総連に宛てたものと、1995年1月の阪神淡路大震災に際して姜成山首相名義で村山富市首相(当時)に送付したものがある。通信社のラヂオプレスは、金総書記から岸田首相へ宛てた電報は初めてのこととしている。
林芳正官房長官は「感謝の意を表す」と述べつつ、「日朝間のやり取りについては今回のメッセージに対する対応を含め、事柄の性質上控えたい」と慎重に言葉を選んだ。
秘密裏に進む接触
岸田首相は国会や拉致問題集会で、日朝首脳会談の早期実現について強い意欲を語っている。また韓日の一部メディアは、日本と北韓の実務者が中国やシンガポールなど第三国で複数回極秘に接触していたと報じている。
北韓ウオッチャーによると、自民党幹部と朝総連幹部が複数回にわたり秘密裏に会談を持ったという。その中で「金総書記が絶対に断らない『土産』を携えて、日朝首脳会談を実現させる用意があるようだ」としている。
支持率低迷に悩む岸田首相だが、韓国の尹錫悦大統領とのシャトル外交による韓日交流が進んだ時期には、支持率が上昇したことがある。北韓との対話再開によって拉致問題が解決に至らなくても、何らかの形で道筋をつけるだけで支持率は急上昇する可能性がある。
W杯で融和演出も
とくに注目されるのが、3月のサッカーW杯アジア2次予選の日本対北韓の試合だ。21日に東京・国立競技場で開催。26日が開催地未定となっている。21日の東京開催では、度々スポーツの国際大会で注目を集める通称「美女軍団」といわれる北韓の女性応援団が大会に華を添えるとともに、融和ムードの演出に一役買うかもしれない。
日本との融和を進める一方で、韓国に対しては国会に相当する最高人民会議で15日、金総書記が施政方針演説を行い「憲法を改正し、第一の敵対国、不変の主敵と確実にみなす教育強化を明記するのが正しい」と敵意を露わにしている。
これに対して尹大統領は、「軍事的挑発に出るなら何倍にも報復する。『戦争か平和か』との脅迫はこれ以上通じない」と強い言葉で返答している。
韓日米揺さぶりか
韓国に敵意をむき出しにし、日本に対話をちらつかせる姿勢に韓国政府のシンクタンク「統一研究院」の徐輔赫研究委員は「韓日関係を揺さぶり、韓日米の協力枠組みの弱体化を図る狙いがある」と韓日分断の思惑があるとみている。
北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会の佐伯浩明代表理事は、「見舞い電報の意図は慎重に分析する必要があるが、無反応はよくない。謝意は伝えた方がいい。北朝鮮側が前向きなときは、日本側も受け止めた方が交渉が進む。国益を損なうような取引はすべきでないが、日本国民の多くは拉致被害者問題解決などの進展を望んでいる。日本政府には慎重ながらも、前向きに応じてもらいたい」としている。
15日発行の「朝鮮新報」の1面。金正恩総書記の能登半島地震への見舞いがトップ記事となっている
2018年平昌冬季五輪開会式で注目を浴びた北韓の女性応援団