ドラマと文学で探る韓国⑨ 若者は日本統治時代をどうみるか②

ドラマ『九尾狐伝1938』×小説『金講師とT教授』
日付: 2023年10月03日 13時21分

 ドラマ『九尾狐伝1938』のタイトルにもなっている38年という年は、日本にとって非常に重要な年だった。この年4月、国家総動員法が公布、5月には施行され、以後、日本は戦争一色に塗りつぶされていく。
李香蘭が女優としてデビューし、ドイツではレニ・リーフェンシュタールが監督した映画『オリンピア』が公開された年でもある。
同作は、のちにキネマ旬報外国映画ベストテン(40年度)の1位に輝き、日本でも大ヒットを記録した。

同年3月、朝鮮では「第三次朝鮮教育令」が公布、4月1日より施行された。これを機に「内鮮共学」が初等教育から全面実施され、ハングルの使用が実質的に廃止された。加えて、朝鮮陸軍特別志願兵制度が開始される。
不穏な空気が街中に漂っていたのではないかと思われる当時の京城だが、ドラマでは戦争前夜の日本が醸し出す不吉な予感が、妖怪による邪悪な動きにとって代わるため、ある意味、たまたま稚拙な日本語を話す、得体のしれないモノの台頭と解釈することもできる。
すなわち、視聴者がこのドラマを見ても、必ずしも悪役=日本人と思う必要がないともいえるのだ。
当時の日本もこのドラマのように、妖怪に支配されていたのならよかったのだが……。
このドラマを見た韓国の若者が、まさか当時の日本を妖怪の仕業だったなどと都合よく思うはずはないが、日本を妖怪のごとく恐ろしい存在だと感じ取る可能性は大いにありうる。
登場人物の一人、カトウリュウヘイは総督府警務局長の肩書を持つエリートとして、京城を牛耳る妖怪だ。残忍なこの男が虎視眈々と主人公たちを追い詰める。
さらに朝鮮独立を目指す運動家の思惑が複雑に絡まりながら、ドラマは進行していく。

小説『金講師とT教授』の主人公、金講師が赴任したS専門学校は内鮮共学だ。「内地人の学生があなたに対してどう出るか」、T教授は忠告する。「こっちの構えに少しでもすきがあったら、彼らは容赦なく斬りこんできますよ」。この脅しとも憐憫ともつかない物言いに金教授は憂鬱さを隠せない。「一年半のルンペン生活をようやく清算して」手にした講師の座。そのために彼は軽蔑していたN教授に就職のあっせんを頼み、紹介状を書いてもらった。
学閥や同県人の腐れ縁を利用して、なんとかもぐりこんだのがS専門学校なのである。

金講師は大学時代に文化批判会という学生団体に所属していた。卒業後はN教授から紹介された、京城のある官庁のH課長を足しげく訪問しながら、その一方でドイツの左翼文学運動の紹介や評論を新聞・雑誌に書いていた。
その矛盾について、心の奥底ではすでに答えがはっきりしているが、ほかの多くの知識階級がそうであるように、彼もまた二重三重、あるいはそれ以上の人格を使い分けているのだ。
それは彼のなかに巣食う「妖怪」のなせる業のようでもある。それでいて、金講師は朝鮮人であることに気おくれしてしまうのである。
当時の状況がおぼろげながらも形になってきただろうか。次回は彼らが迎える結末について言及したい。


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