私が出会った在日1世~『くじゃく亭通信』を発行した高淳日②

「あなたとは言葉が違う」の真の意味
日付: 2023年06月27日 10時46分

 渋谷のNHK近くの「くじゃく亭」に集まり、NHKへ交渉に出かけた中野好夫と久野収が交渉結果を持って帰ってくるのを、金達寿や李進熙は待ち構えていた。
NHK側の回答は、直ちに講座を開設するというものであった。中野好夫は、その時に金達寿に念押しする。「NHKは韓国語講座として開設したいそうだ。金さん、韓国語講座で良いですね」という確認であった。金達寿は間髪入れずに「韓国語講座で構いません」と答えた。
その場には、くじゃく亭の2階であったが高淳日もいた。ところが、その日のうちに中野好夫宅へ朝鮮総連が抗議に訪れた。朝鮮総連は、NHKが「韓国語講座」を開設することに、猛烈に抗議していた。
その後、くじゃく亭にて開催された「NHKに朝鮮語講座の開設を要望する会」では、李進熙が激怒していた。その怒声は阿部桂司に向けられた。阿部桂司こと私は、李進熙の怒りが何のことか咄嗟に飲み込めなかったが、おおよそ次のような内容であった。

「中野好夫先生がくじゃく亭での報告会から帰宅後すぐに朝鮮総連が抗議に来たが、それは阿部君が朝鮮総連に連絡を入れたのだろう。中野好夫先生がえらく怒っている」
夜討ちの抗議には中野好夫も堪えたであろう。だが私としても、何より在日のために尽力したつもりでいたのに、それが抗議を受けるなど想定外であったのだ。
何のことか判らなかったが、NHKにも抗議があり、直ちに講座を開設する方針を撤回したということだった。ここからNHKが韓国語講座を開設する話は頓挫した。
金達寿は在日子弟へ向けた民族教育が平壌文化語では、分断した韓半島の統一に資さないと語っていた。反対に、平壌文化語による民族教育は、分断固定化へ向かうと考えていたようだった。
李進熙の怒声を浴びたが、当時の私は金達寿の側にいたこともあり、朝鮮総連関係者に知人は一人もいなかった。その場は取り成しもあって事なきを得た。

それからしばらくの後、李進熙と高淳日が向かいあっている現場に遭遇した。二人は何か言い合いをしていた。
「あなたの話す言葉が分からない」という李進熙の声が耳に入った。李進熙は慶尚南道出身の一世である。
一方、高淳日は済州島出身の一世であった。その場の緊張した二人の雰囲気に押されて、私はそこから離れた。高淳日の怒りを抑えた表情から、あなたとは使う言葉が違うという李進熙に、ひどいなと感じていた。済州島への差別的発言なのだろうと迂闊にも受け止めた。だが、李進熙は私にも分かるように日本語で高淳日に抗議をしていたのである。

高淳日は、『朝日新聞』紙に「NHKは朝鮮語講座を開設してほしい」と投書して、NHK側から「朝鮮語講座でお答え」という返答を引きだしていた。
その頃だったか、北朝鮮問題研究家で知られていた佐藤勝巳が私に近づいてきて「安部さんは工作員と親しいのですね」と語り掛けてきた。そして「北朝鮮の対日工作に与しているようだが・・・」という警告を発してきた。何でも渋谷の高淳日は一級工作員だという話だった。
佐藤勝巳から「高淳日は工作員だ」という断定を聞いて、あの日、李進熙が高淳日に向かって「あなたとは言葉が違う」と言っていた意味を理解することができた。
高淳日が行っていた「朝鮮語講座の開設をNHKに要望する動き」は、佐藤勝巳的理解では対日工作ということになるのだ。李進熙は、NHKへ平壌文化語の開設を要望しないことを、高淳日に告げたのである。


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