デイリーNK高英起の「高談闊歩」第41回

金正恩氏不倶戴天の敵が表舞台に復帰
日付: 2023年05月23日 10時44分

 韓国の尹錫悦大統領が北韓・金正恩政権への圧力を強化している。韓国大統領室は10日、金寛鎮元国防相を大統領直属の国防革新委員に指名する方針を固めた。金寛鎮氏は韓国陸軍第二軍団長、合同参謀本部作戦本部長、第三軍司令官、そして制服組トップの合同参謀本部議長などを歴任。陸軍大将で予備役となり、北韓が2010年11月23日に強行した延坪島砲撃事件に際し、前任者の辞任を受けて国防相となった。金寛鎮氏は、15年夏に起きた地雷爆破事件を通じて対北強硬派として名を馳せる。北韓の仕掛けた木箱地雷に接触した2人の韓国軍兵士が足を吹き飛ばされるなどの重症を負った。事件をきっかけに始まった南北の非難の応酬は、戦争寸前にまでエスカレートした。韓国は地雷爆発の瞬間映像を公開するなどし、北側に断固として謝罪を要求。結果、北側から「遺憾の意を表明」という事実上の謝罪を引き出した。
11年に金正恩政権が発足して以降の軍事情勢を巡り、南北が最も戦争に近づいたのは17年だったと見られている。前年から相次いだ核実験・ミサイル発射に対し、当時の米トランプ政権が三個空母戦闘群を派遣。北とトランプ大統領との間での「舌戦」が熱を帯びたこともあり、情勢は大いに緊迫した。しかし15年夏の状況の方がよほど危なかったと、筆者は見ている。当時はまだ、北韓で核兵器が実戦配備されていなかったと思われ、政府だけでなく世論も含め、韓国側が相当、前のめりになっていたからだ。そして、その圧力の前に金正恩氏はひざを折った。その屈辱的な経験が、同氏をその後の「核の暴走」に駆り立てたと考えることもできる。
金正恩氏にはじめて土をつけ、北韓を屈服させた金寛鎮氏は、金正恩総書記にとって非常に因縁の深い、いや不倶戴天の敵といえるだろう。文在寅前政権の発足とともに退任した金寛鎮氏は、在任中の軍当局の違法行為と絡み逮捕・起訴され、裁判は現在も継続中だ。しかし今、軍人として声望の高かった同氏を指弾する声はさほど大きくない。少なくとも韓国の保守派は、「闘将復活」に歓迎一色だ。
金寛鎮氏以外では、韓国統一部の権寧世長官も強硬姿勢を打ち出している。4月11日には、北韓が南北共同連絡事務所と軍通信線を通じた南北の定時連絡に応じなかったことに対して約10年ぶりとなる異例の非難声明文を発表。「一方的で無責任な態度」「自らを孤立させ、さらに厳しい状況に追い込む」などと非難した。
尹政権は、明らかに文政権の融和路線から転換し、北韓に対する強硬姿勢を打ち出している。この間の日米韓の連携強化もその流れの一環といえる。尹政権だけでなく、米国のバイデン政権、日本の岸田政権の動きをみながら、金正恩氏は戦々恐々としているだろう。「人工衛星の打ち上げ」と称した事実上の長距離弾道ミサイルの発射に踏み切る姿勢を明らかにしている金正恩氏が胸中でどんな思いを巡らせるか、少し不気味ではある。


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