大韓民国の建国史313

同盟関係を攪乱する中共変数、対中関係を優先する米・日
日付: 2023年05月23日 10時12分

 韓国は政治、経済だけでなく、軍事情報と特に戦略情報をほとんど米軍に頼るしかなかった。情報力は米国の軍事力、外交力、経済力の基盤でもあった。米国は韓国を統制するのに情報力を徹底的に活かした。
建国以来、事実上の島国の韓国は、日本と米国を通じて世界とつながってきたといっても過言ではなかった。そして米・日は、韓国のこうした立場を弱点として捉え、徹底利用した。米国と国連軍に安保を全面的に頼るしかない韓国は、同時に国連軍司令部の後方司令部のある日本は重要だった。
韓日関係は最初から米国の世界戦略、アジア戦略に徹底的に従属したものだったといえる。韓国も日本も、ワシントンの意向に逆らうことはできなかった。この現実は、例えば日本の海上自衛隊が実質的にソ連の太平洋艦隊、特に潜水艦戦力を監視することに特化していたように、前述の通り大韓民国の国軍は、同時に米軍の資産でもあった。
韓日国交正常化6年後に起きた「ニクソンショック」は、当然、韓米同盟と韓日関係にも深刻な影響を及ぼした。日本は1952年、華日平和条約で台湾と国交を正常化したが、田中角栄首相が米国より先に72年9月、北京を訪問し26日、中共との国交を正常化した。日本が、大韓民国の交戦相手の中共を、中国を代表する唯一の合法政府として宣言した。以後、中共変数は、韓日関係に大きな擾乱要因となる。
もちろん、韓国も国連の事情が変わり、60年代からは、中立国に対する外交を本格化しながら、「ハルシュタイン原則」の適用を緩和してきた。このような状況の中、朴正煕大統領は南北関係管理など安保状況を現実的に勘案して米国に全面的に頼る外交から抜け出る努力をすることになった。
同盟関係の変化などに対応して朴正煕大統領は73年4月、すべての国々との関係改善の意思があることを表明し、続いて6月23日、7つの項目の「平和統一外交政策に関する特別宣言」(以下「6・23宣言」)を発表した。
この宣言は、(1)南北間相互内政不干渉と相互不可侵(2)北韓の国際機関参加に反対しない(3)統一に障害とならないという前提の下、南・北韓が一緒に国連に加入(4)すべての国に門戸を開放し、理念と体制の異なる国々も大韓民国に対して門戸を開放するよう促すことを主な内容としている。
第4次中東戦争(73年10月勃発)は、また国際秩序を揺るがした。産油国以外の国々は、エネルギーの確保が国家の死活的問題となった。
もちろん、朴正煕大統領は、石油資源の開発のためすでに70年1月1日「海底鉱物資源開発法」を制定、5月30日、その施行令に基づいて7つの海底鉱区を設定し、外国の石油会社と探査開発のための契約を締結した。
日本はこれに異議を申し立て、大陸崩の境界線は関係国間の合意により決定されなければならず、合意がない限り、国際法上有効と認められないため、重複部分に対する日本側の権利を留保すると主張、該当の水域に対する探査と開発を控えるよう求めた。
日本側が重複を主張した地域は西南海の5・7鉱区だった。韓国政府は、韓国が設定した鉱区は国際法の原則に基づき確定されたもので、韓国海岸の自然的延長の範囲内にあるため、探査と開発を控えてほしいという日本側の要求に応じることはできないが、問題の解決のため、専門家同士の意見交換に反対しないという見解を取った。
(つづく)


閉じる