ソウルを東京に擬える 第19回 高齢者の街

高齢化が進む両都市でシニアたちが集う街
日付: 2023年04月04日 11時59分

タプコル公園
 ソウル・仁寺洞には韓国の伝統的な土産物店が集まり、観光客が訪れる街としては浅草の仲見世のようであり、路地に韓定食店が並ぶところは、割烹や料亭が多い神楽坂ともいえる。そんな仁寺洞のすぐ脇にあるタプコル公園とそのまわりには高齢者たちが集まる。別名のパゴダ公園で知る人も多いが、三・一独立運動の発祥の地であり、独立宣言文が刻まれた石碑が置かれている。毎年3月1日に式典が行われるのも、この場所だ。タプコルの「タプ」は「塔」を意味するが、朝鮮時代には円覚寺(ウォンガクサ)という寺社があった場所で、当時の十層石塔が残されており、これが国宝2号に指定されている。
ふだんは日中に高齢者たちが集う憩いの場で、無料の炊き出しが行われることもその理由だ。地下鉄3路線が交差する鍾路3街駅のすぐそばで、東京なら5路線が乗り入れる飯田橋駅のような存在だ。タプコル公園のまわりの楽園洞(ナグォンドン)は、都心ながらも
巣鴨地蔵通り商店街
地価が安く、ソウル最安の水準の食堂もある。また理髪店やシルバー映画館などがあり、日本でいうワンコイン前後で高齢者たちの懐にもやさしい金額だ。その雰囲気はお隣、鍾路(チョンノ)4街の宗廟前まで続き、日中のベンチには囲碁や将棋を指す人たちが集まっている。そうした客を相手に露店や屋台が出たりもすれば、そこに春を売る高齢女性が紛れているという。
ちなみに韓国の高齢者貧困率は下がり続けてはいるが、OECD加盟国中で最も高い。日本の国民年金制度は1961年に施行されたが、韓国は88年からで未成熟なことも影響しているようだ。儒教的な「孝」の文化もあり、子どもからの仕送りに頼る人もいる。楽園洞はそんな慎ましい暮らしのなかでの娯楽街としてみることもできる。
一方で東京の高齢者の街といえば「おばあちゃんの原宿」と呼ばれる巣鴨だろう。通称”とげぬき地蔵”として知られる曹洞宗の寺院・高岩寺があり、門前町の巣鴨地蔵通り商店街には和菓子店や昭和レトロな純喫茶や洋品店、大衆食堂など多彩な店が軒を連ねる。4のつく日には露店が出てにぎわい、まるで縁日のように愉しめる。とげぬき地蔵では体の悪いところに地蔵の御影を貼ると治る、といった病気治癒への信仰があることも高齢者たちを惹きつける所以だろう。ちなみに商店街の近くにある豊島市場付近には、江戸時代には幕府の巣鴨御薬園があったといい、そこで薬用植物の栽培が行われていた。
そして鍾路3街駅から地下鉄1号線に乗り、東に4キロほど離れた祭基洞(チェギドン)駅近くにあるソウル薬令市は、漢方の香り漂う”韓方市場”で、ここに韓医院や韓薬材店などが集まるが、日中は高齢者の姿が多く見られる。ちなみに楽園洞の雰囲気に似ている場所を強いて例えるなら、巣鴨駅のすぐ北側がそれに近い。立呑み店や手頃な価格帯の居酒屋が集まり、洋食がワンコインで味わえる食堂、大通りには”カット900円”と掲げる理髪店まである。城北エリアの地価が比較的安いことも、いくらか影響しているはずだ。だが、ここは必ずしも高齢者の街というわけではない。
そして両都市の高齢者向けの交通制度にも触れておこう。東京都シルバーパスは70歳以上が対象で、発行は有料だが、都内のバスと都営線に乗れる。ソウル市ではかつては”シニアパス”と呼ばれていたようだが、現在は65歳以上が対象で、地下鉄のみが無料となる。この制度を利用した高齢者による地下鉄宅配サービスの存在も知られている。しかしながらこうしたパスは高齢者の比率が高まれば財政を圧迫することになり、つい最近もソウルでは廃止が検討されていた。
それぞれのシニア街を歩くのも楽しいが、より深く見つめてみると高齢者を取り巻く社会の姿が浮かび上がってくる。

吉村剛史(よしむら・たけし)
1986年生まれ。ライター、メディア制作業。20代のときにソウル滞在経験があり、韓国100都市を踏破。2021年に『ソウル25区=東京23区』(パブリブ)を出版。


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