デイリーNK高英起の「高談闊歩」第37回

金正恩氏は恐怖政治をやめられない
日付: 2023年03月07日 12時27分

北韓問題に関わっていると必ず聞かれる質問がある。「なぜ北韓内部で暴動や反乱が起きないのか?」
世界でも最悪レベルの人権侵害と人権弾圧が横行しており、慢性的な食糧難は改善の兆しがまったく見えてこない。それでも北韓人民による大規模なデモや暴動は起きず、朝鮮人民軍(北韓軍)や、政権内部から反乱のような動きは起きない。
北韓に民主的な政権が生まれることを望む立場からすると忸怩たる思いだが、これでは北韓国民は金正恩体制に不満がないのではないかと思われても、致し方ないだろう。北韓で政治的な反発が起きない最大の理由は、想像を絶する「恐怖政治」にある。
金正恩総書記は、最高指導者になって2年目の2013年、ナンバー2とみられるほど権勢を誇っていた張成沢氏を無慈悲に粛清した。張成沢氏は、金正恩氏の祖父・金日成主席の娘である金慶喜氏の夫であり、金正恩氏の外叔父にあたる。17年には、兄の金正男氏をマレーシアで毒殺した。金正男氏は、北韓政治の表舞台からは姿を消していたとはいえ、一時期は金正恩氏よりも後継者の座に近かった人物だ。
ロイヤルファミリーの中枢人物でさえも粛清・処刑したことで、金正恩氏は恐怖政治を敷く冷酷な独裁者であることを世界に知らしめた。金正恩体制を維持するために恐怖政治は不可欠な統治手段になっており、最近では映像すら活用した恐怖政治をおこなっている。
デイリーNKの北韓内部情報筋によれば、北韓軍総政治局の宣伝扇動部には「コンピュータ講演宣伝処」と呼ばれる部署があり、将兵を教育するための様々なビデオ映像を作っているという。ある映像では、5人の高級指揮官らが派手な服装や行動により腐敗、堕落したとして、一家もろとも政治的、法的処罰を受けたと説明。特に金日成軍事総合大学政治部の組織部長(大佐)については、「わが国の革命武力の指揮官の骨幹(エリート)を育てる最高の原種場(養成機関)の政治イルクン(幹部)の資格を喪失したこいつを、革命の名の下に断固として処断(処刑)した」と明らかにしたという。
もちろん、こうした脅しだけで軍を統率できるものではない。ある脱北エリートはデイリーNKジャパンの記者に対し、北韓の核兵器開発について次のように解説した。
「金正恩の核開発には、軍の忠誠心をつなぎとめる目的もある。戦力がどんどん劣化していく状況では、軍人たちも『こんなところにいても意味はない』と考えるようになる。しかし核戦力を誇示し、米韓に対して『いつでも使う』とポーズを見せて置けば、軍人たちもいったんは納得するというわけだ」。強力な武器を保持していることを誇示して、不満を抑えるという点では、核開発も恐怖政治の一環といえるだろう。
金正恩体制は恐怖政治で体制内部のリスクを除去してきたが、いまだ数多くの不安材料をかかえており、体制を維持するためには恐怖政治を続けざるを得ない。すなわち、張成沢氏や金正男氏のような第二、第三の恐怖政治の犠牲者がいつ出ても、何ら不思議はない。


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