オッパ(お兄さん)、チンチャ(本当、マジ)、サランヘヨ(愛している)…韓国で日常的に使用されている言葉が日本でも若者を中心に普通に使われているという。K―POPや韓流ドラマの影響だが、韓国文化が野暮ったいと見られていた時代に育った世代からすると隔世の感がある。韓国文化が世界中を席巻していることはいうまでもないが、実は北韓でも韓国文化は大人気だ。
北韓は17~18日に最高人民会議第14期第8回会議を開いた。最高人民会議は国会に相当するが、北韓の政策を決定するのは朝鮮労働党。最高人民会議は労働党が決めた政策を追認する機関に過ぎない。労働党の会議には出席する金正恩氏も最高人民会議を重要視していないせいか、出席することもあれば欠席することもある。今会議で注目されるのは「平壌文化語保護法」を採択したことだ。法律の詳細については不明だが、韓国風の言葉遣いを統制し、体制引き締めを図る狙いがあるようだ。
韓国も北韓も同じ言語を源流とするが、南北分断に加えて自由主義と社会主義というまったく違う国家体制のなかで、方言の枠を超えて言葉遣いには大きな違いが生まれた。代表的なのが二つの敬称、同志(トンジ)と友だち(トンム『●●くん』というニュアンス)だ。同志は目上の人に、トンムは同年輩や年下の人に使われる。朝鮮高校に通っていた筆者は、言葉の裏に存在する北韓思想はさておき、トンムという敬称は個人的に嫌いではない。韓国で脱北者と話す時に、●●トンムと呼ぶと「なつかしい!」と喜ばれることもなきにしもあらず。とはいえトンジもトンムも、言葉遣いから思想統制しようとする北韓式全体主義の悪しき文化だ。そのことを一番よくわかっているのが、実は北韓の若者たちだ。数年前からトンジとトンムは「ダサい」という理由で公式の場以外ではあまり使われなくなっているという。北韓で密かに拡散する韓流文化の影響だ。2000年代に入って、北韓にはK―POPだけでなく韓流ドラマが爆発的に拡散した。いずれも北韓内に持ち込むことも拡散することも見ることも御法度だ。しかし、娯楽が少ない北韓で、労働党が作る文化コンテンツに飽き飽きしていた北韓住民たちはこぞって韓流ドラマを見始めた。発覚すればなんらかの罰を受けるケースはある。しかし古今東西、老若男女問わず、新しくて刺激的なコンテンツに触れたい欲求を国家体制が抑えることは無理な話だ。見るだけではなく、韓流文化に憧れて命を賭けて脱北する若者もいる。
北韓は20年にも「反動的思想・文化排撃法」を制定し、韓流文化を厳しく取り締まる方針を示した。韓国の言葉遣いをはじめとする文化がいずれ北韓の全体主義を揺るがすのでは、という危機感の表れだ。その一方で、北韓の高級幹部たちも韓流ドラマを密かに見ているようだ。もちろん金正恩氏も見ているに違いない。北韓の国営楽団が演奏する楽曲のなかには、K―POPだけでなく日本の歌謡曲のフレーズを模倣、いわゆるパクったものもある。「不世出の先軍霊将」である金正恩同志も「オッパ」には勝てないようだ。