初めて韓国を訪れた頃、ソウルの新村でモドムジョン(さまざまなジョン)とマッコリを楽しんだことがある。それ以来、ジョンは韓国料理の好物のひとつとなった。今年も牡蠣のシーズンが到来し、ソウルの友人宅で教えていただいた作り方を続けている。大ぶりの牡蠣を選び、塩水で洗いザルに上げて水気をとり、小麦粉をつけてから溶き卵にくぐらせ、ゴマ油をひいたフライパンで両面を焼く。塩と胡椒、新鮮な牡蠣、ゴマ油だけのシンプルな料理なのだが、牡蠣の旨味がギュッと詰まっていて満足度も高い。
韓国へ行きはじめたころは、地方都市へ行くのも長距離バスを使うことが多かった。今では考えられないが不便さゆえの楽しみも多かった。
渡韓4度目の時だった。釜山から西へ高速バスで約1時間30分の晋州(全羅南道)へ行った。この街は、1592年文禄の役(壬申倭乱)が起きたところであり、現在は軍港の街として知られていることから取材で訪れた。街のシンボルともいえる晋州城址は1979年から87年にかけて一部が復元されていた。
初日の夕飯時がやってきた。同行してくれた通訳のチェさんから「牡蠣のジョンは食べたことがありますか。パジョンはトンネで食べましたね」と言われ、「ふんわりしていて牡蠣やイカ、牛肉、朝鮮ニラなども入った豪華なお好み焼きみたいなもの」と答えると、「あれは王様に召し上がっていただくために考えられた特別なパジョンだから、覚えておいて」と指導が入った。その時、パはネギ、ジョンは衣と覚えた。牡蠣だけのジョンってどんなものなのだろう。興味津々でチェさんに「食べてみたい」と伝えると、「牡蠣のジョンと白身魚のジョンもいろいろあるから」と得意気に言い、海辺に近い食堂へと向かった。
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優しい味わいの牡蠣のジョン |
チェさんから「牡蠣のジョンはクルジョン。ここは新鮮な魚介類を食べることができるから」と言いながら一軒の店に入った。どうやら女将さんとは顔馴染みのようで、女将さんも日本語で「東京から?」と声をかけてくれた。「牡蠣のジョンと白身魚のジョン、それに野菜のジョンも。寒くなかった? 疲れたでしょ」と言いながら生姜茶を出してくれた。「身体に良い伝統茶。ナツメ茶やモガ(カリン)茶のこと」と復習する感覚で飲んだ。なぜ伝統茶と呼ぶようになったのかを調べ納得したのは、その後のこと。この時期は覚えるのがおもしろかった。
テーブルにナムルやキムチ、煮豆、小魚の佃煮など数種類のバンチャン(小皿料理)が運ばれ、テンジャンチゲと焼き魚も。「どういうふうに注文したの」とチェさんに尋ねると「牡蠣のジョンとテンジャンチゲと伝えただけだけど」。「焼き魚もついてくるの」と尋ねたのが不思議だったのか「テンジャンチゲにはご飯と、今日は焼き魚がついているから。あまり深く考えないで、韓国に来たら食べたい物を伝えればいいから」と大笑い。そうこうしていると牡蠣のジョンが大皿で運ばれてきた。
「うわぁ!こんなにたくさん」。白身魚が運ばれてくる前に、特製タレにつけて牡蠣のジョンを食べてみた。海のミルクそのものを食べているような優しい味わい。特性タレのピリ辛感がジョンをいっそう引き立てている。「こういう食べ方は昔からあったの」と女将さんに尋ねると「朝鮮時代にはあったようで」と。「身体にいいし、卵をたっぷりくぐらせているから食べやすいと思う」と。
先日、「牡蠣のジョンを食べに来て!」と晋州から写真が届いた。ビタミン、ミネラル、タウリンが豊富な牡蠣は免疫力を高め疲労回復にも効果があり、特製タレに入るネギやニンニクのみじん切り、少々の唐辛子、スリゴマなども効果を高めている。特性タレも人によっていろいろだが、ソウルの友人宅で教えてもらった味がなかなか出せないでいる。まして晋州の店でいただいたような味は現地でしか楽しめないように思う。薬食同源は季節とともに歩むことにもつながっている。
新見寿美江 編集者。著書に『韓国陶磁器めぐり』『韓国食めぐり』(JTB刊)などがある。