寒暖差に右往左往しながら、少しずつ季節は冬へと向かっている。猛暑とマスク生活で免疫力もダウンし、冬を前にしっかりご飯でリセットを。そうこう考えていると、ラインに釜山の友人から食欲をそそる画像が届いた。
新鮮さが伝わるユッケの画像(写真)で、しかも巨済島からのものだった。韓国で2番目に大きいとされる慶尚南道にある島で、名物は海産物というのが定番。だが、送られてきたのはユッケ。なぜ、送ってくれたのかを考えて思い当たる節があった。
巨済市を最初に訪れたのは『冬のソナタ』のロケ地取材だった。今から、かれこれ20年ほど前のこと。その後、この地域をゆっくりと回りたいと思い、何度か釜山から行ってみた。特産品の海産物を使った料理はどれも味わい深いという印象が残っていたのだが。たまたま、10年前に釜山の友人(チェさん)と共に、彼女の車で巨済市周辺を回っていた時のことだった。チェさんから「海産物も美味しいけど、ユッケの美味しい店があるから」と案内された。
実は生の肉が苦手でユッケには、なかなか手を出せなかった。それを知っているチェさんから「新鮮さが違うから食べてみて」とユッケを勧められたのが巨済市だった。とは言え苦手料理なのにと思い「海産物じゃなくて肉なの?」と言うと「ここは観光客も多く、新鮮で質の良い牛肉も食べることができるから。最初に一緒に来た時と違って設備も良くなっているし」と、チェさん。彼女は観光ガイドの会社をやっているだけあって、情報もしっかりとしている。その時は、いつにも増してとても自慢げに「ユッケが苦手でしょ。だから食べて欲しい」と。
ユッケは13~14世紀にかけて、モンゴル族が中央アジアから東西へと進出した時、韓国にも高麗時代に伝わった料理のひとつとされている。仏教に重きを置いた高麗からやがて儒教の教えを国家理念とする朝鮮時代になり、論語の影響を受け「膾(なます)は細かく切るのがよい」ということで生の肉を細かくしたものが盛んに食べられるようになったという。さらにユッケは梨と一緒に食べるようになった。背景には、梨の酵素が肉を柔らかくすると同時に消化を助けるためという考えがあった。
チェさんに勧められ、卵黄と松の実、梨、ユッケを小皿に取り、ゴマ油やニンニク、ネギのみじん切りなどで作った特性タレを混ぜ合わせて、少量を口に運んだ。梨の爽やかさ、卵黄のまろやかさ、ゴマ油とニンニク、ネギの風味が融合する中にユッケがあった。牛肉の旨味のみが伝わってきた。「どう?美味しいでしょ」とチェさんと店主が見つめる中、「うん」と頷きながら、もう少しと言わんばかりに小皿に取った。その様子を見ていたチェさんと店主から「他の料理もバランスよく食べながらユッケを食べるように」と注意をされた。
韓国料理の良さは、さまざまな料理を一緒に食べるところにあるからと。わかってはいたのだが、興味を持つと一点集中の悪い癖が出てしまう。
韓国料理の中でもユッケは特別だと、チェさんは話してくれた。「鮮度、産地、流通、料理人、これはどこでも同じように気を遣うことだが、島の風景と潮風が届くところで食べるのは、さらに美味しいはず。滋養も高く高級食ではあるけれど、秋に食べると元気に冬を迎えられるから」と。食わず嫌いのユッケが、今では特別な韓国料理のひとつになったのは、この時のことがあってから
今月(2022年10月)に入り、チェさんも仕事で動く日が多くなったという元気なメッセージとともに、一緒に訪れた飲食店のユッケの画像を送ってくれたのだった。当時より、ポーションが素敵になったユッケの画像を見ながら、本場で味わえる日もそう遠くないと思った。