韓国スローフード探訪78 薬食同源は風土とともに

まさに薬食同源 エゴマ入り参鶏湯
日付: 2022年10月04日 12時44分

 コロナになる前のことだった。春まだ遠い2月上旬のこと。ソウルから久々に仁川へと向かった。友人のチョンさんの薦めで最近、見どころが多くなったという仁川の松島まで、電車で約1時間30分のミニトリップ。
仁川は古くから海の玄関口として栄え、中国人や日本人、そして各国の領事館に勤務する人とその家族が多く暮らしていた。どことなく、今でも異国情緒が残り、観光スポットにもなっている。中でもチャイナタウンは、その当時から続く中国人街。韓国料理のひとつとして知られるジャジャン麺は、ここが発祥地。さらに、市内には日本家屋やかつての日本の銀行などの建物が残り、一部は文化財として保存されつつ、商業スペースなどにも活用されている。レトロな佇まいがそのまま、カフェになっている所もあって、散策する楽しみもある。
目的の場所は松島国際都市ということで、韓国の中でも超近代的なエリアだ。圧倒されてしまうほどの超高層ビル群が、自然環境を整えた松島中央公園と美しく調和していた。とにかく、巨大なインテリジェントエリアである。「こんなに変わったのね」と言葉がみつからない。なぜか落ち着かず、ついつい、昔話に花が咲いた。「ここでランチもいいけど、やっぱり、市内に行こう」ということで、何度か訪れたことのある一角へと向かった。
お目当ての店に近くなった時、「エゴマ入りの参鶏湯(サムゲタン)の店があったはず」とチョンさんが言い出した。聞いたことはあったが、まだ食べたことはなかった。「エゴマの葉を入れたもの…まさか」といろいろ想像してみたが、サムにするエゴマの葉だけが浮かんでくる。食べてみたいとチョンさんに伝えると、「やっぱり食べたことなかったんだ」と得意気に店へ連れて行ってくれた。
店内に入ると、高麗人参の香と共に香ばしい香りも流れていた。温かさもあって、ホッとした気分で、案内されたテーブルへと着いた。ランチタイムを過ぎているにもかかわらず、ほぼ満席に近かった。エゴマ入り参鶏湯を注文し、待っている間に、隣のテーブルに目をやると、エゴマの葉ではなく、入っているのはエゴマ。そういえば、オメガ3が入っているからと最近、さまざまな方からエゴマ油をいただく機会が多い。「バカだな。エゴマだからゴマなのに」と噴き出してしまった。チョンさんから何が可笑しいの?と聞かれ、エゴマ=サムにするエゴマの葉しか頭に浮かんで来なくて。だから隣のテーブルの参鶏湯も色がミルクのようだったかと。チョンさんは、「エゴマだからゴマでしょ?」と、呆れ顔。
熱々、ミルク色の参鶏湯
 グツグツと音がするアツアツの参鶏湯が運ばれてきた。いつもの参鶏湯にエゴマを入れたものということで、まずはスプーンでスープを。いきなりでは熱いので冷ましながら口に入れた。お粥のようなスープという感じがした。鶏肉に箸を入れて、食べやすいようにほぐしてみると、とろけるような柔らかさである。高麗人参にナツメや栗、銀杏、そしてもち米がスープと溶け合い、そこにエゴマの香ばしさが加わってくるのだ。まるで、お粥を食べているような、優しい味が冷えた身体にジワジワ沁み込んでいくのがわかる。エゴマは、血液の循環を促す効果があると言われている高機能食品である。それを栄養価の高い参鶏湯に、加えているのだ。薬食同源とは、まさにこのこと。新しいことを教えてくれたチョンさんに感謝した。この店のオリジナルなのかと訊いてみると、店主らしき人が「昔からあったようで」と、笑いながら「全部、召し上がってください。食べられますから」と。
仁川市内から北へ向かったところに江華島がある。良質の高麗人参の産地として知られている所と関係があるのだろうか。エゴマ入り参鶏湯は新たな興味を抱かせた。身体に良いことは、時代を越えて受け継がれていることに、なぜか嬉しくなった。

新見寿美江 編集者。著書に『韓国陶磁器めぐり』『韓国食めぐり』(JTB刊)などがある。


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