今回の連載は、自分の誕生日に書いた。日本に来たら、誕生日には図書館で気ままな時間を過ごすと決めていたが、なかなか実現しない。毎年、次の誕生日には必ずと誓いを繰り返している。けれども一生組織に縛られ、決して自分の時間を持つことなどできない北朝鮮では想像も出来ないことで、こんな計画を立てられることだけでも幸せだ。
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党細胞秘書は「労働新聞」の内容をきちんと聞いたかチェックするとき、何日かぶりに出勤した私を指名しなかった。気持ちの悪い不安が脳裏をよぎったが、後日にその理由を知った。職場の責任者が党細胞秘書にしばらく私を指名しないようにお願いしたのだ。北朝鮮では行政権より党権のほうがはるかに上だ。しかし行政と党が一つの現場にある職場では互いの弱点を握って共存するのが賢明な生き残り方法で、私の職場にいる党細胞秘書は弱点が多かった。私は仕事場に戻って党細胞秘書の呼び出しを待ちながら、人民班長から聞いた話を整理してみた。
北朝鮮では公式な家の売買は犯罪だ。北朝鮮の家はすべて当局の所有物である。私たちは配給のようなシステムで、指定された家に住むのが一般的だ。だが、特に1995年ごろから襲った経済難により、担当行政と党の幹部に賄賂を渡して行う、家の売買が盛んになった。
「全ての人が平等な社会」だと資本主義を毎日非難している北朝鮮にあって、権力者と海外援助が受けられる金持ちは、明日死ぬかもしれない人からも安く家を買い取っている。その交渉をする、いわゆる「転売屋」がいる。ドンスの隣人のように家の面積を広げたい人もいる。食べ物がなくて家を売る人は、値段を少しぐらい上げてもらっても、その金で生きる日々には終わりがくることを知っていて、値段交渉に時間をかけるのを諦め早く美味しい物を沢山食べて死のうと思うのだ。北朝鮮には「よく食べて死んだ幽霊は垢すりも綺麗だ」ということわざがある。この悲しい言葉は擦り減ることもなく、年齢に関係なく、よく使った。
目を閉じて考えた。普通は狙っている家を買いたい人はまずは交渉して、それがうまくいかないときに権力とか財力に頼る。ドンスの隣人は以前からドンスの家が欲しかったのだから、ドンスの両親がいるときに交渉してみるべきではないか。しかし、そうしなかった。
ドンスの両親がいないときにドンスが亡くなれば、担当幹部らと安く簡単にドンスの家を手に入れられるからだろうか。家を売買する際に、売主の引っ越し先がない場合は少し厳しく規制している。それは買う側も売る側も困らせた。安い価格で買える家はなかなか無いのだ。だが持ち主が死んでしまえば、その難題がなくなる。ドンスの隣人はこれを狙っているのか。人民班長の話を整理したら、そんな結論に達した。
ドンスの親は、とりあえず早く戻らないと勝ち目がないのは明らかだ。相手はドンスの家の状況を把握しながら、計画的に進めているようだった。ドンスの死を隠しても、せいぜい3日が限度だろう。3月でまだ寒いとはいえ、それ以上は無理。葬式を口実にしてさらに3日間延ばしても、1週間が限界だ。そのときまでにドンスの両親のうち、どちらかでも戻ってこないとおしまいになる。私はドンスの願いを叶えてあげられないと、無力感に苛まれた。
そんなとき、職場の責任者がノックをせずに入ってきた。党細胞秘書に伝えてあるので帰っていい、と言ってくれた。気遣いはありがたかったが、ドンスの家の問題に対する良い考えが浮かばないので、そのままそこにいたかった。動かない私をみて「行かないの? 何かあるの? あんまり役に立てないかもしれないけど話してみて」と聞いてきた。ドンスの状況をどこからどこまで話せばいいかも分からなかった。
隣りにいた同僚は、責任者がいると居心地が悪いから、私に「邪魔だから早く帰って」と舌打ちをした。その同僚は私より若いけど、私の方が身分が低いから我慢しなければならない。職場の責任者が私に優しいと、より強く当たってくるのだ。
(つづく)