デイリーNK高英起の「高談闊歩」第26回

金与正氏、存在感を示す
日付: 2022年09月06日 13時03分

北韓の金与正(キム・ヨジョン)朝鮮労働党副部長の存在感が日増しに高まっている。金与正氏は8月10日、全国非常防疫総括会議で演説を行い、「国内に新型コロナウイルスが流入したのは、韓国から脱北者が送り込んだビラなどが汚染されていたことによるもの」など韓国を非難し、報復まで示唆した。肩書きこそ労働党副部長だが、金与正氏の言葉を軽く受け取ってはならない。
金正恩氏の実妹である金与正氏は、2018年の平昌オリンピックに特使として金永南(キム・ヨンナム)最高人民会議常任委員長(当時)と訪韓。金日成ファミリーとして、南側に足を踏み入れた人物となった。このとき、驚くべき光景があった。金日成時代から北韓政治の中枢にいた90歳の金永南氏が30代の金与正氏に上座を譲ったのだ。金与正氏が対外的な国家元首だった金永南氏よりも実質的に序列が上、すなわち金正恩総書記に次ぐ地位であることを知らしめた。
同年、シンガポールで行われた初の米朝首脳会談にも随行して、金正恩氏の秘書として振る舞った。金正恩・与正兄妹が北韓政治を動かしていることを、世界にアピールした。その金与正氏の演説は、翌11日に朝鮮中央テレビで放送された。初の肉声演説ということもあり、北韓住民も関心を示したが、肝心の内容についての評判はあまりよくない。人民生活への言及が一言もなく、韓半島情勢を悪化させるものばかりで「多くの人が失望した」と、北韓内部から伝わってくる。
金与正氏は「新型コロナウイルスを撲滅し、人民の生命と健康を保護するための最大非常防疫戦で勝利」したと宣言したが、情報筋は「それならば次は悪化した民生をいかにして解決すべきか議論しなければならないのではないか」として「ウイルスはもちろん、南朝鮮(韓国)当局の連中も撲滅する」と敵愾心を煽るばかりの演説に不満を示している。別の情報筋は「彼女が原稿を見ながら学生のように震えた声で読み上げる様子を見て、威厳がないと評する人もいた」と伝えた。悪化の一途をたどる民生問題を解決する案を示さずに、韓国を激しく非難するばかりで、責任を外部に転嫁しているという否定的な反応を示す声もある。
一方、肯定的な反応もあるようだ。金与正氏は「(金正恩氏が)高熱の中でひどく苦しみながらも、自分が最後まで責任を負わなければならない人民たちのことを考え、一瞬も横になれなかった」と述べ、金正恩氏が新型コロナウイルスに感染していたことを示唆した。北韓住民もこの言葉を鵜呑みにしているわけではないが「一時的であっても、人々の心に響いたようだ」という声があるのも事実だ。金与正氏は今後も実妹として金正恩氏を支えながら自らの権力を拡大・強化していくだろう。
いざというとき、例えば金正恩氏の身に何かあった場合には、金与正氏が自らトップの座に就くことも想定していると思われる。根拠なき不仲説も流れるが、同じ母親(在日出身の高ヨンヒ)から生まれただけに、金正恩・与正兄妹の絆は固いだろう。韓国と周辺国にとっては実に手強いタッグと見るべきだ。


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