ドンスが暮らすアパートの第一権力者である人民班長と、初めて対面した。その後、私は部屋にもどり、入り口付近に座った。小さい部屋の隅々を見つめた。
ドンスの埋葬場所を探すために寒い中を方々歩いたせいで、疲れ切って寝台の足元に横になっている2人の女性。大変な暮らしの中にあっても、まだ人間性を保とうしている2人だ。狭い部屋ではあったが、体をまっすぐに伸ばしても余裕があるのに、母のお腹にいる赤ちゃんのように丸まって寝ている。自分とは何の関係もないドンスのために動いているのだから、堂々と寝ても文句など出るはずもない。だが苦しむドンスを置いて眠ることに申し訳なさを感じて、そんな姿勢で居眠りしているのだ。素朴さがとても似合う、と言っては失礼だが、飾りけのない彼女らが好きだった。
たとえば金日成の誕生日など、祝日の政治的行事には、女性は奇麗な服を着て化粧をして参加するのが原則だ。化粧をした互いの顔を見て、お腹が痛くなるほど笑ったものだ。しまいには誰が先に笑ったかで言い争いになった。意味のない馬鹿な喧嘩をするのが私たちの習慣になっていた。これが息抜きだった。馬鹿な行為も生きるためには、たまに必要だ。今も化粧品売り場に行くと彼女らの顔が浮かんで、思わず笑ってしまい、そして涙がにじんでくる。「こんな高級化粧品を使っていたら、あんな変な顔にならなかったかな? いや、それで大笑いしたんだから、あれはあれで良かった」と思う。
寝ている彼女らに私の上着でもかけてあげようと立ち上がったときにキム君が入ってきた。
「ジョン先生が階段を上がってきています」
キム君が私の気持ちを察してか、苦しそうに言った。キム君が察するほど顔に出ていたのかもしれない。そう思うと全身が硬くなった。ドアからジョン先生が入ってきたが、体は硬いままだった。
「どうしたの、君が先に死ぬんじゃない?」
ジョン先生が冗談めかして私の背を軽く叩いた。ジョン先生の声に彼女らがガバッと起き上がった。先生は冷えた手をドンスの布団の下に入れながら、様子はどうかと私に聞いたが、返事をできなかった自分自身に、そして私をこんな環境に追い詰めたすべてのものに憤怒を感じていた。尋常ならざらぬ私の様子を見て、彼女たちが私の肩を抱いて「しっかりして」と言った。
また聞くセリフだ。しっかりとは何なの、何に対してしっかりなのと心の中で叫んでいた。ジョン先生は聴診器を取り出して私に補助するように言ったが、私は呆然と立っているだけだった。ジョン先生は苛だったように私の手を引っ張り、ドンスの隣に座らせ、体温計を渡した。「体温を測って」ジョン先生の声は低く、やや怒っているような声だった。
窓から差しこむ太陽の光でドンスの顔がよく見えた。ドンスの脇の下に体温計を入れて軽く押さえた。ドンスの顔は薄い紫色だ。「ドンスは今何を考えているかしら。自分の死後については何を望んでいるかしら」などと考えた。ジョン先生はドンスの胸と腹部に聴診器をゆっくり当てていった。目を閉じたジョン先生の顔からは、何にも読み取れなかった。
ジョン先生がドンスの背中に聴診器をあてようと、手で裏返しをする仕草をした。私はドンスを座らせたほうがいいだろうと思い、ドンスの上半身を抱えようと両腕に力をいれたが、体はあまりにも軽く腕に力を入れる必要もないほどだった。少しの力でもドンスの骨が折れてしまうようで、聴診を早く終わらせてほしいと願ったほどだ。ドンスは苦しいのか変な音を出した。
「終わったよ」とジョン先生が聴診器を耳に入れたまま両手で優しくドンスを布団の上に戻した。そして卓上のモルヒネに手を伸ばした。
ドンスを激痛から解放することを優先し、ドンスの人生の最期をこのように人為的に終わらせるのは正しい判断なのか。息を止め、部屋に強く差し込んできた日ざしを見つめた。 (つづく)