最近身の回りで起きている大きな変化は、連載の原稿を書く上でも影響が出ている。
北朝鮮と世界の国々は、社会システムは違っても同じ人間社会であることに違いはない。その人間社会の「不幸」を止めるための訴えを連載を通じて行うつもりだが、意味があるのかと自問し続けている。北朝鮮にいるはずの生死も分からない兄弟のために、人類の幸せのために、人口79億分の1である私の役割を果たすために、つらい記憶を巻き戻してつたない語彙力で頑張ろうとしているが簡単ではない。
この原稿を書いている2022年3月24日時点で、ウクライナとロシアの交戦開始から1カ月になるが終戦どころか停戦の兆しも見えてこない。前日にウクライナ大統領が日本の国会で演説したが、私が共感できる部分は少なかった。彼は、戦下で直接被害を受けて苦しんでいる自国民とも疎通できていないように感じた。いつの時代もどの国でも一般の人々が犠牲になる。特に子どもは戦争の最大の犠牲者だ。その子どもが大人になって、また躊躇なく子どもを犠牲者にするかもしれない。幼稚で恐ろしい負の循環だ。
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ドンスも同じ犠牲者だ。ドンスは激痛で顎をがたがたと震わせていた。唇は噛んだところから血が出て赤くなっている。キム君が迎えにいったジョン先生が家をすぐ出たとしても、まだ到着する時間ではない。けれども、私は外の音に耳をそばだてていた。激痛からドンスを解放させるためか、ドンスの看病がつらい自分のためなのか、もはや目的が分からなくなっていた。私の体もストレスでガタガタ震えていた。
ドンスの埋葬準備から戻った2人に「少しでも休んで」と言って外に出た。奇麗な青空だった。黄金色の日差しに無性に腹が立った。どんより曇っているとか、雪や雨風が強く吹き荒れているとか、ドンスの人生にふさわしい風景が欲しかった。冬でもこのような穏やかな日は、子どもを外で遊ばせるものだ。それなのに、私はジョン先生にお願いしてドンスの最期の日にしようとしている。暖かい日差しを浴びても体の震えは止まらなかった。
そんな時だった。「お前は誰、ドンスの家とどんな関係?」といきなり初対面の人にタメ口で、しかも高圧的な口調で話しかけてくる人はアパート内で人民班長しかいない。彼女が自己紹介をしなくても分かる。大事な質問で大事な答えだ。下手をするとドンスの望みである家が奪われることになる。事実を言っても、適当な返事でもだめだ。家族構成は全世帯の資料を把握しているから、親戚と言っても通らないだろう。それに人民班長の中には優しい人もいるが、目の前の女性は優しさとは無縁なヒトに見えた。動きが鈍くなっている脳を働かせる時間が必要だった。
「あなたは誰ですか」と、時間稼ぎのために力なく質問した。彼女の目の色が変わった。普通のケースだ。最初は言葉で、次は目つきで人を威嚇するのは、北朝鮮で何らかの権力を握っている人ならみんながやる行為だ。「私が先に質問したの」と彼女は言った。私は「初対面の人に挨拶もなくタメ口で質問して来たのはあなたです」と返した。すると彼女は「お前は誰、ドンスの家と何の関係?」と声を高くして再び質問して来た。
その大声を聞きつけて、家の中にいた2人がドアを開けた。「どうしたの?」と言って怖い顔をする。「何でもない」と答えながら私は家の中に入った。彼女らに「ちょっと待っててね」と言ってから外に出ると、人民班長が隣家のドアをノックしていた。私は「後で伺いますので」と静かな声で伝えた。隣の家からノックに対する返事が聞こえた。すぐドンスの家に入った。
こうして、ドンスの家の所有問題で嫌な人間との駆け引きが始まった。乱れた社会の風潮に身を任せているような人間、大人の道理も摂理も無視して乱暴な生き方を選んだ人間、そんな代表的な人物に出会った。ドンスのことも解決していないのに、また大きな問題が休む間もなく出て来た。