取材で訪れることの多い釜山。韓国第2の都市として知られる港町であり、リゾート地としても人気が高い。市の中心となるのが南浦洞一帯。釜山タワーのある龍頭山公園や国際市場、夜市で賑わう富平カントン市場、そして釜山を代表する観光スポットのひとつチャガルチ市場がある。
釜山に来ると、市場へ立ち寄り料理道具を買ったり、夜市やチャガルチ市場へ出かけてはあれこれ食べたり、と楽しむのがいつからか恒例になっている。特に、寒い時期はチャガルチ市場で食べる海鮮鍋が絶品である。新鮮な魚介類が豊富に入った鍋に火が入り、そうこうしている間に、いい匂いが鼻先をツンツンしてくる。タコや貝などから出る旨みたっぷりのやさしい味と、それらの味を一層高めている辛味が融合した味は、まさに絶品といえる。
チャガルチ市場は1889年、釜山港開港以降に出来た水産市場。チャガルとは砂利石という意味で、チは干すということ。開港間もない頃、砂利石の上で魚を干したことに由来するなど諸説ある。2006年に、現在のような近代的な建物になったが、周辺の露店も含めてチャガルチ市場と呼ばれている。
観光で訪れる人の中には、市場で魚介類を選び、建物内の食堂へ持ち込んで刺身などにしてもらい楽しむ人も多い。
15年前の冬のこと、取材のために数日間、市内の西面に滞在した。西面は南浦洞に次ぐ賑やかな地域。目的の取材先は美容皮膚科医院だった。予定どおりに取材も終わりホッとしていると、「肌のケアをして行きませんか?」と言われ、咄嗟に「次の予定がありますから」と丁重にお断りをして外に出た。確かに、ドクターをはじめ韓国人の方々の肌はスベスベピカピカ。「それは恐らく、食べ物だろう」と内心そう思った。
|
写真提供=韓国観光公社 |
時計は、すでに1時を回り、お腹が空いてどうしようもなかった。釜山で合流した現地スタッフもランチタイムを過ぎているためか不機嫌である。どこで食べようかと周辺の看板を見ていると、ソウルから来てくれたキムさんが「チャガルチ市場へ行ってみたい」と言う。地下鉄でも行けるが空腹のせいで皆、無口。タクシーで市場へ向かい、食堂へ直行した。磯の香が漂い、何でもいいから早く食べたい!と思っていると「こっちへ。4人で」と案内の声。席に着くや否や韓国人スタッフのチョンさんが「ヘムルタン(海鮮鍋)とソジュ1本」と元気な声。海鮮鍋(大)がテーブルにセットされた。鍋が食べごろになるまで、韓国人のキムさんとチョンさんは用意されたバンチャン(小皿料理)をつまみにソジュ(焼酎)をキュッと一杯。それを見ていた我々も真似をした。「すきっ腹だから、一杯だけにしてね。慣れていないでしょ」と笑顔のチョンさん。鍋が食べごろになると、チャガルチ市場は初めてというキムさんがハサミを持って、食べやすい大きさにカットしてくれながら「はい。どうぞ。これをつけて食べるといいから」と、さすがに慣れている。寒さと取材の緊張、それに空腹が重なり不機嫌だったが箸がすすむにつれ、「タコが柔らかくて。味もいいね。貝は、こうして殻から外して」と会話が弾み、チョンさんもキムさんも食欲旺盛。「韓国の人って肌がきれいだけど、よく食べるからですね」と言うと、「食べないといい仕事もできないし、とにかくご飯は大事。とにかく、冷やさないようにと母からよくいわれて育ったから、スープは大事だし、いろいろと食べないと乾燥するから化粧品も大事だけど、食べて身体を温めないとね。美容もあるけど免疫力が大事」と返された。彼女たちの言葉から、日常の暮らしが見えてきた。
寒さも疲れも吹き飛び、気持ちをほぐしてくれた海鮮鍋。スベスベ肌を目指すには、しっかりと食べること。保湿効果も免疫効果も美味しさの中に含まれている。
新見寿美江 編集者。著書に『韓国陶磁器めぐり』『韓国食めぐり』(JTB刊)などがある。