韓国料理の中でも人気があるスンドゥブチゲ。最初にスンドゥブ(純豆腐またはおぼろ豆腐)を知ったのは江原道に初めて行った時だったと思う。旅行ガイドブックの取材で訪れ、案内していただいた道庁の方(ジュさん)から「明日の朝はスンドゥブを食べましょう!」と言われ、どういう食べ物かを尋ねると「いろいろ歩き回って疲れていると思うから、明日のお楽しみに」と。
1998年1月中旬。韓国では旧正月を前に市場が活気づいていたのを思い出す。
ソウルや釜山、慶州といった大きな観光地には少しだけ慣れてきた頃だったが、江原道は初めての街。その時は、現地の方の計らいで韓国スポーツ記者団の方々に交ざってスキー場にも足を運び、韓国最大の山岳リゾート地を実感した。後に平昌冬季オリンピックのメイン会場になったところでもある。
翌朝、ホテルのロビーに行ってみると、ジュさんが「よく眠れましたか。お腹が空いていますね」と。彼女の流暢な日本語に感心しながら、江原道の魅力を知ってもらおうと一生懸命な姿は胸を打つものがあった。どこへ連れて行ってくれるのだろう、と思っていると「スンドゥブ発祥の地がここで、何軒かの店があります。朝食をここで食べて出勤する人もいますから。さあ、入りましょう」と。
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アツアツ、フワフワのスンドゥブ |
そう言えば慶州ではヘジャンクッの店で朝食をとったことがあった。「韓国では朝食を外で済ませる文化があるようだ」と、あれこれ勝手な想像をしながら店内へ。「えっ!こんなに大きな容器に豆腐が?」と驚いた。しかも豆腐が固まる前の柔らかな状態のものだった。その豆腐を特性のタレと混ぜながらスプーンでいただくお客さんたち。出勤前ということもあって、食べるのも早い。アッと言う間に朝の混雑時間は終わったようだ。タイミングを見ていたかのように、店主が道庁の方に声をかけてきた。店主もまた日本語で「すぐに用意しますね」と笑顔で。
あれこれ話しているところに、アツアツでフワフワのスンドゥブとご飯や小皿料理(バンチャン)が運ばれてきた。ジュさんが「こうやって食べますが、特に決まりはないので。特性タレとスンドゥブを一緒に。最初に塩を少し入れて食べてみて。次にスープが入った状態で食べてみてください」と言うと、彼女はスプーンにスンドゥブをとり、少しだけ塩をかけて食べ始めた。
味はするのだろうか。寒かったし温まるはずと思い彼女の真似をして食べてみた。「美味しい」…塩だけなのに。五臓六腑に染み渡るとはこういう感じなのかと思った。次に、特性タレをつけて。豆腐の淡泊な味とピリ辛感のあるタレの相性は例えようがないほどの旨さ。唐辛子やニンニク、生姜、ネギ、ゴマ油などが入ったタレの力に感動しながら、こんなに大きな器一つ分と思ったのだが完食した。
山岳地帯が多い江原道は、昔から冷涼な気候を生かした作物の栽培が中心に行われてきた。朝鮮時代の後期に、江陵の鏡浦湖付近に暮らす両班(貴族階級)が海水をニガリにして作る豆腐(草堂スンドゥブ)を考案したと伝わっている。特産の大豆を使った豆腐は、いつしかこの地の名物となり、何度か訪れているうちに『韓国のスローフード発祥の街』と勝手に紹介するようになった。
取材3日目の朝食でいただいたシンプルなスンドゥブは、疲れた身体を解きほぐしてくれた。スンドゥブチゲも食べるようになったが、寒い朝はシンプルなスンドゥブ風の豆腐スープを楽しんでいる。
新見寿美江 編集者。著書に『韓国陶磁器めぐり』『韓国食めぐり』(JTB刊)などがある。