紅葉の便りがあちらこちらから聞こえてくる。この季節は決まって韓国のどこかを訪れるのが楽しみになっていた。
ソウルから日帰りで行く百済の都であった公州と扶余。晩秋に訪れると山城が錦絵のように美しく、かつてここに都があったことが想像できる風景を見ることができる。
俗離山に源を発し黄海へと注ぐ白馬江(川)の中流に位置する公州は、高句麗に追われ、475年にソウル近郊の漢山城から熊津とよばれていたこの地に遷都した。538年に扶余へ遷都するまでの栄華は、百済第26代武寧王(462~523年)陵が伝えている。城壁が残る公山城、そして市街地北西部に宋山里古墳群の7基の古墳がある。その中のひとつが武寧王と妃の陵墓であり、1971年に未盗掘の状態で発見された。数多くの貴金属や鏡、さらに玄室の壁やその造りの高度な技術に当時の文化の高さを窺い知ることができる。
初めて行ったのは旅行ガイドブックの取材であった。その時の印象は、扶余に比べて公州は見どころが少ないと思った。もっと時間をかけて公州へ行ってみようと思い、2度目は公山城と宋山里古墳群を回ってみた。遺構は少ないものの、残された礎石や地形から当時を想像させられ歴史の面白さとは何かを実感した記憶がある。同行してくれた友人もまた「ソウルからあまり来ることがなくて古墳群を見学したのは初めて」とやや興奮状態だった。交わした言葉が「お腹すいたね」だった。遅いランチを取るため市内へ。友人のすすめで「公州の名物料理というよりは、ポッサムが美味しいというところがあって、そこに行きましょう。知っていますよね」と言いながら店へと向かった。ポッサムは豚肉を茹でたものでチャーシューのような料理。韓国のさまざまなところで食べていたので、さほど珍しくもなかったがお腹がすき過ぎて、何でもいいと思っていた。
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愛情たっぷり手作りポッサム |
店内に入ると思っていたよりは混みあっていたが店の人が「どうぞ。どうぞ」と席に案内してくれた。「人気店なの?」と友人に訊いてみると「手作りというのが食べればわかるみたい」と。テーブルに小皿料理が並び大皿に入ったポッサム、熱々のテンジャンチゲなどが勢ぞろい。大皿のポッサムには、タレとなる小皿に入ったアミの塩辛などが2種類と白菜のキムチや香味野菜などが盛られ、それらを巻く葉物野菜が別の器で出された。葉物野菜を手にのせ、ポッサムを取り、その上にアミの塩辛をつけニラをおき、さらに白菜キムチを少しのせて巻き、一気に口へ運んだ。「やわらかい、何とおだやかな味」。茹で豚とアミの塩辛が絡みあい絶妙な旨み。そこにキムチの酸味、ニラの香がまざり合い複雑な旨み感が広がっていく。想像していた味よりもまろやかで奥が深い。作る人によって味は変わるとはいえ、食べやすく飽きがこないのだ。お腹もすいていたこともあって、食事がすすんだ。
満腹状態になったところで、どうしても店の方に訊いてみたいことが出てきた。店内も落ち着いてきた様子。友人が、店の人にあれこれ尋ねだした。店主はとてもにこやかな年配の女性だった。さまざまな質問をすると、店主は「家族に食べさせるものと同じものを出している。それをやっているだけですよ。手作りは当たり前のことで、今は何でも売っている時代だけど、やっぱり食べるものは愛情と手間をかけて作るのが一番だと思うの。忙しくて、それができない人が多くなったのでストレスを抱えた人に元気になってもらえるようにと店を続けているの」と穏やかに話してくれた。飾らないその様子。
食べることで元気になれる、というその精神が作り上げたポッサム。公州は見どころが少ないと思っていた。名物料理も少ない、と勝手に決めつけていたが、ゆっくり回ったことで見方は大きく変わった。見応えのある王陵と一貫した食の在り方を貫く店主のにこやかな表情がどこか重なり、忘れられない旅となっている。
新見寿美江 編集者。著書に『韓国陶磁器めぐり』『韓国食めぐり』(JTB刊)などがある。