韓国ドラマはコメディやラブストーリーであっても、なんらかの社会問題が描かれている、ということは前回も言及した。それは裏を返せば、社会問題を扱ってもエンターテインメントとして描ける、ということに他ならない。
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今回紹介する『師任堂 色の日記』は朝鮮王朝時代という女性にとっては非常に不自由な時代に、芸術家としての才能を開花させた師任堂を描いたドラマだ。ほんの一昔前までは、良妻賢母の代表のように語られていたこの女性だが、いまでは芸術家としての評価が上回っているといっていいだろう。ドラマは現代に生きる大学講師のジユンが、ある絵画をきっかけに、師任堂の悲恋と芸術家としての姿をあぶり出していくというもの。力強い師任堂の生き方は、当時の女性ゆえの痛みを告発しつつも、エンターテインメントとして、十二分に視聴者を楽しませる。
このドラマが彼女の評価を変える一助となったといっても、過言ではないはずだ。本作では、13年ぶりのドラマ出演となったイ・ヨンエと、本格時代劇初挑戦のソン・スンホンの共演が、放送前から大きな話題となった。愛する人と引き裂かれ、凡庸な夫の不実な行動にも逆らわず、なおかつ自身の夢を追い求めた師任堂は、まさにしなやかに闘った女性の姿だといえる。
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一方、文学のほうは『滞空女』を取り上げよう。昨年秋にこの本を手にしてから、どんなドラマと絡めて紹介したら効果的だろうかと、常に頭の隅に引っかかっていた。なかなかしっくりとくるものを思いつかずにいたところ、閃いたのが師任堂だった。
この作品の主人公、姜周龍は師任堂同様、女性であるために二重三重の足かせを嵌められながら、労働運動を繰り広げた実在の女性である。1931年の平壌で、一方的な賃金引き下げに抗議するため、高台にある楼閣の屋根に籠城した周龍。高所に籠城したので「滞空女」と呼ばれた。当時、朝鮮人の賃金は男でも日本人の4分の1、女性はさらにその半分にも満たなかったという(解説より)。ただでさえ、ギリギリの生活を強いられていた彼女は、生きるために、闘ったのである。
「滞空」とは、何かロマンを駆り立てるような響きの言葉だが、その意図するところを知ってみれば、それが如何に凄絶で過酷なものであったかがわかる。親の言いなりに、数えで二十歳の時に5歳下のまだ少年の男性と結婚した周龍はその後、夫とともに日本からの独立運動に参加する。だが彼女は訓練にも現場活動にも参加させてもらえない。彼女に与えられた任務は運動家らの食事の支度といった、ひたすら「家事」だった。そうした暮らしに忍従した周龍がいかにして滞空女となって世間を驚かせる存在へと昇り詰めるのか。次回、その詳細に迫っていきたいと思う。
青嶋昌子 ライター、翻訳家。著書に『永遠の春のワルツ』(TOKIMEKIパブリッシング)、翻訳書に『師任堂のすべて』(キネマ旬報社)ほか。