デイリーNK・高英起の 髙談闊歩―第10回― 金正恩氏が「国防発展」で訴えたいこと

日付: 2021年11月03日 00時00分

 北朝鮮で一〇月一一日から開かれていた国防発展展覧会「自衛2021」が閉幕した。前回の拙稿でもお伝えした通り、展覧会には金正恩総書記の顔がプリントされた「金正恩公式Tシャツ」が初登場した。初登場のTシャツに加えて目を引いたのが、金正恩氏の軍服姿の肖像写真が飾られていたことだ。
肖像写真自体はすでに公開されていたが、このような場で「これ見よがし」に掲げられるのは初めてだろう。九月に影武者説が流れたとき、「軍服ではなく、スーツを着た金正恩氏は珍しい。影武者だ」というような珍説を唱える自称「北朝鮮通」もいたが、どうやら北朝鮮の公式資料すらまともに見ずに、コメントしているようだ。北朝鮮の初代指導者・金日成主席は過去に軍服姿で公の場に登場したことが確認できるが、金正日総書記も金正恩氏も肖像画はあるが、軍服姿で公式の場に登場したことは一度もない。
金正恩氏が軍服姿やTシャツを通じて伝えたかったのは「偉大な自身の功績」だろう。実際、金正日時代に入って、北朝鮮のミサイル技術は着実に向上してきた。核実験も四回(金正日時代は二回)行って事実上の核保有国となった。北朝鮮の軍事力発展を甘く見てはならない。たとえ貧困国の足掻きだったとしても、国力を投入すれば失敗・成功を通じて軍事技術は発展する。金正恩氏は多少の初期エラーも承知のうえで、そして国際社会の反発も顧みず軍事力を発展させてきた。
北朝鮮の軍事力、兵器開発の話題になると必ず出てくるのが、「そんな資金があるのか」「そんな余力があるのか」という疑問だが、これは根本的に北朝鮮という国家のあり方を見間違えている。民主国家に住む私たちの考え方は「市民の生活が第一」で、安保分野は後回し、つまり優先順位は低い。しかし、北朝鮮の国家的アイデンティティーは「抗日パルチザン」に行き着く。過去には日本帝国から国を解放させ、その後は列強から北朝鮮を守り抜き「自主独立」を貫いたという自負を持っている。北朝鮮にとって国防軍事力を備えることは国家建設の出発点であり「余力」ではない。「軍事資金」も第一に確保すべきものという思想だ。今から一〇年前の二〇一一年一二月、金正日総書記が急逝した。すでに後継者だった金正恩氏に真っ先についた呼称が「朝鮮人民軍最高司令官」であり、「革命武力の最高指導者」「不世出の先軍統帥者」などだった。当時、党の最高指導者とも称されたが、朝鮮労働党の正式なトップに就任するのは翌二〇一二年だ。ここに「自衛2021」の開催意図が込められている。今年二〇二一年は金正恩氏が朝鮮人民軍の最高指導者に就任して一〇年だ。節目の年に軍事力を発展させたという功績を正当化しつつ自画自賛したかったのだろう。一方、人々の生活を向上させることはいまだに出来ておらず、彼自身も経済分野での成果が芳しくないことは再三認めている。多種多様の兵器を並べ立てた裏から金正恩政権の苦しい台所事情が見え隠れする。

高英起(コ・ヨンギ)
在日2世で、北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。著書に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』など。YouTube高英起チャンネルでも情報発信中!


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