あっという間に、秋から初冬を思わせるような日々。初冠雪や紅葉のニュースが流れ、季節は確実に冬へと向かっている。
韓国への旅は、どんな季節でも楽しいのだが特に行きたくなるのが晩秋のころ。随分前のことだが、安東にある鳳亭寺の帰りに、キムジャン(越冬用の白菜キムチを作る)をやっているお宅の前を通った。中庭で、数人の女性たちが世間話を交わしながら楽しそうにキムチ作りに精を出していた。下処理をした大量の白菜を運んでいる男性たちの姿もちらほら。その様子を何気なく見ていると、にこやかな表情をしたおばさんが「日本人?」と声をかけてきた。「一緒にやってみる?」と言われ、キムチ作りの輪に入った。秋の陽射しを浴びながら、笑い声いっぱいの中で次々と下処理をした白菜に薬念を丁寧にはさみ、くるりと巻くようにまとめてハンアリ(大きな甕)へ入れていく。最も印象的だったのが、「ひと休みして」と出してくれた分厚い大根キムチ!「太くて厚い」と興奮していると「韓国の大根はそこにあるけど太いでしょ」と合唱のように皆が教えてくれた。「食べて。食べて」の声に、遠慮なくカクテキをいただいた。大根のさっぱり感と酸味、ピリ辛感が合わさった旨みがたまらなかった。果物やお菓子もあったが、太くて分厚いカクテキに手が止まらない。夕方になり、バス停まで皆さんに送ってもらいカクテキをおみやげにいただいた。それ以来、分厚いカクテキが好きになった。それを食べられる店を探すようになり、ソウルで見つけた。ソウルに滞在中は必ず行くようになって20年ほど。ソルロンタンの専門店である。カクテキも最高だが、ソルロンタンの旨さも加わった。
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相性のいいソルロンタン(手前)とカクテキ(左奥) |
韓国はスープ(タンまたはクッ)大国と思えるほど種類が多い。ご飯と一緒の味噌汁もあれば、参鶏湯やヘジャンクのような一品となるものまである。タンは中国語の湯から、クッは韓国特有の総菜のような汁もの。中でも、牛骨を長時間煮込んだコムタンやソルロンタンの旨さ、滋養の高さは他に類を見ない。二つのスープは牛の部位を煮込んで作るところが同じだが、ソルロンタンの方は骨つきのまま使う点がやや異なると孫貞圭著『朝鮮料理』は示している。
ソルロンタンは骨髄や肉から出る旨味で白濁したスープになる。味つけは塩だけのシンプルなものだが、食べる時にネギやキムチを入れて食べる。そこには必ずと言っていいほどキムチが備わっている。おそらく、ソルロンタンとキムチの相性がいいのだろう。
通いなれている店の最初のお目当ては分厚いカクテキだったのだが、いつしかソルロンタンと一緒に食べることが理にかなっているように思えた。牛骨の栄養分がいっぱいのスープは滋養も高く、発汗作用もあるため風邪の防止にも効果があり、一方のカクテキには乳酸菌も豊富。シンプルな組み合わせだが腸内環境を整えるのには最適。美味しくいただきながら健康を保てる優れもの。スープを飲むと、身体がじんわりと温まり、五臓六腑が緩やかに活力をアップ。カクテキパワーも一緒になって発汗作用も増し、気のせいか肌もちょっぴり艶やかに。
ソルロンタンの語源は諸説ある。そのひとつが朝鮮時代、毎年2月に王様が先農壇(現在の祭基洞)に行幸し、米や黍、豚などを備え豊作を祈願した。牛を使って籍田を耕した。この行事が終わると米と黍を炊き、牛はスープに豚は茹でて、年老いた人から振る舞われた。先農壇でのスープということで、先農湯がいつしかソルロンタンになったという。この行事は、農業の神を祭るものとして新羅時代にはじまり、先農祭、中農祭、後農祭があったが先農祭だけ近代まで続いていた。また、白濁したスープは雪濃湯ともいわれている。
長時間かけて出来上がるソルロンタンとカクテキの組み合わせは薬食同源そのもの。そこには、長時間かけて出来上がる旨さの共通点がある。
新見寿美江 編集者。著書に『韓国陶磁器めぐり』『韓国食めぐり』(JTB刊)などがある。