ジョン先生と奥さんが帰ったあと、私は疲労と強い眠気に襲われ、ドンスの右隣で彼の右手を握って倒れこむように横になった。夜中に起きたが、目を閉じたままじっとしていた。時計の秒針のコチコチという音が大きく聞こえる中で考えた。
ドンスの母親はどこにいるのだろう。もしかして死んだのだろうか。新しい父親だという、その人は?…などと考えながら起きなければと思ったが、身体が床から離れようとしなかった。ゆっくり深呼吸したあと起きようとして驚いた。私が握っていたと思ったドンスの手だが、反対に彼が私の手を握っていた。急いで起き上がってドンスの顔をのぞきこんだ。
ドンスは、目を少し開けて私を見ていた。私は何も言えず、じっとドンスを見返した。ドンスの目から細い涙があふれ、耳の方に流れた。私は汗を拭いた布でその涙を拭いながら話しかけた。「私がわかる?」ドンスが目ばたきした。分かるとの合図だった。「ちょっと待って」そう言って、台所の釜からお湯を持ってきてスプーンでドンスの口にゆっくり入れた。キム君も気づき、ドンスの隣にきた。
キム君がドンスの名前を呼ぶと、ドンスはキム君の方に顔を向けた。それを見ていたら安堵の息がもれた。残された時間が長くないことを知っていたが、その瞬間、頭の中からドンスの死などは消えていた。
ドンスを見て、キム君が少し大きい声で泣いた。私はまた湯をスプーンで飲ませた。耳の下に手の甲をあて熱を測った。微熱はあるが、前より高い感じではなかった。
キム君に「夕ご飯は食べた?」と聞いた。キム君はドンスから目を離さず「いいえ」と答えた。お湯が入っているビニールの碗とスプーンをキム君に渡し「ゆっくり飲ませて」と頼んだ。
台所で釜の中から100グラムほどの豆腐を掬ってお碗に入れ、スプーンを添えて「食べて、あなたまで倒れるから」と渡した。キム君は私の言葉の意味が分かったようにうなずき、お碗とスプーンを受け取った。
豆腐を食べながらもドンスから目を離さなかった。ドンスも私が口に入れる湯を飲み込みながら、キム君と目を合わせていた。
小さい豆腐を一瞬にして食べたキム君は、私からスプーンとお碗を受け取るとドンスに湯を飲ませた。「ドンス、傷を見るから」と声をかけ隣に座った。
また傷にペニシリン粉を振り掛ける時間になった。患部に被せた布がくっ付いてしまい、はがすとドンスが顔を歪ませながら「うー」と小さくうめいた。私はこの苦しむ声になぜだか、少し口の両端が上がった。ドンスの意識が戻り、反応があることが嬉しかったからだ。傷を「処置」しながらドンスとキム君の短い会話を聞いた私は違和感を覚えた。キム君の話に小さい声で短く答えるドンスから何かおかしな感じがした。
私は「処置」の手を止めてキム君を見た。キム君はまだ泣いていた。
ドンスのパンツの部分はキム君に任せた。キム君は落ちついた様子で手を動かしながら「処置」を済ませた。「どう?」とそこの傷の状態を聞くと「前と同じかな」とキム君は答えた。
「処置」で出た汚れた布を捨ててドンスの隣に座った。おかしいと思ったことを確認しようと思い、「ドンス、口を開けて話してみて」と声をかけた。ドンスは私の方を見ず、キム君だけを見ていた。「ドンス」と呼んだ。「ドンス」再び呼んだ。するとキム君が私を振り向き、2人の目が合った。
「ドンス」と少し声を大きくして私がもう一度呼んだ。反応なし、身体が一瞬固った。キム君がドンスの両耳に自分の手を添えて口を近づけた。「ドンス、私の声が聞こえる?」ドンスの返事はなく同じ態度でキム君を見ていた。耳が聞こえていないらしい。
(つづく)