先月末、北朝鮮で最高人民会議が開催され、金正恩総書記が施政演説を行った。最高人民会議は日本でいうなら国会にあたることから、重要な会議の一つではある。一方、朝鮮労働党という「党」が北朝鮮という「国家」を率いるのが北朝鮮の政治システムだ。労働党こそが北朝鮮の頂点に君臨する政策機関だ。最高人民会議は最高主権機関ではあるが、あくまでも労働党の会議で議論され決定されたこと、すなわち「金正恩総書記の意向」を追認して、政策として遂行する機関だ。北朝鮮の正式名称は「朝鮮民主主義人民共和国」だ。民主主義と銘打っているからには、民意を反映する何かが必要だ。それが最高人民会議の役割であり、民主主義が保障されているという建前にすぎない。そもそも金正恩氏は最高人民会議の代議員ですらない。金正恩氏にとって最高人民会議より、労働党の大会や会議の方がよっぽど重要なのである。今回は出席して演説まで行ったが欠席も多々あり、むしろ金正恩氏の今会議での演説が注目される。
金正恩氏は演説で、「梗塞している現在の北南関係が一日も早く回復され、朝鮮半島に恒久平和が訪れることを望む全民族の期待と念願を実現するための努力の一環として、いったん10月初めから関係悪化で断絶させた北南通信連絡線を再び復元する」と表明。これに先立ち、金正恩氏の実妹・金与正氏は八月末、二日連続で談話を発表した。談話では文在寅大統領の「朝鮮戦争終結宣言」提案を評価しながらも反発した。与正氏にしてはいささか中途半端なメッセージだったが、今会議で金正恩氏が南北関係の改善メッセージを打ち出す布石だったのかもしれない。兄妹の連携といったところだろうか。筆者は、金与正氏こそが北朝鮮の実質的なナンバー2であり、兄・金正恩氏と一体となり、役割分担しながら北朝鮮の国家運営に関わっていると見ている。万が一、金正恩氏に何らかの異変があれば、即座に金与正氏がその跡を継ぐという事態まで想定していると思われる。
今年一月、金与正氏が降格されるという人事があったが「見せかけ」の人事とみられる。唯一首領制という世にも奇妙な独裁体制である北朝鮮で、ナンバー2は存在してはならない。たとえば金与正氏本人が望んでいなくても権力や人が集まり、いずれナンバー1である金正恩氏の地位を脅かす不安材料になるからだ。二〇一四年一二月に無慈悲に粛清された張成沢(チャン・ソンテク)がいい例だ。一七年二月には金正恩氏の母親違いの兄である金正男(キム・ジョンナム)氏が暗殺された。彼は北朝鮮の国家運営に関わっていなかったにも関わらず、金正恩氏という絶対的独裁者の地位を脅かす不安材料だった。金与正氏は、実質的なナンバー2だが、そう見せてはならない。そうすることによって、金正恩氏と金与正氏はお互いの存在を守ることができる。しばらくの間はこの兄妹が一体となって北朝鮮を率いていくだろう。もちろん兄妹の良好関係がいつまで続くのかは誰にもわからない。
高英起(コ・ヨンギ)
在日2世で、北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。著書に『北朝鮮ポップスの世界』『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』など。