韓国スローフード探訪59 薬食同源は風土とともに

玉ねぎたっぷり 仁川の元祖チャジャン麺
日付: 2021年09月29日 00時00分

 仁川は1883年の仁川開港とともに多くの外国人が暮らしはじめた国際都市。市内には開港当時の面影を残す建築物を見ることができ、それらの多くは近代遺産として保存され新たな魅力を伝える場となっている。
開港後、市内に日本人や清人(中国人)居住地域ができると年々、居住する人が増えていった。居住する中国人たちは、港湾埠頭労働者を相手に安くて簡単に食べられる食べ物を考案し始め、そのひとつが炒めた中国味噌に麺を混ぜて食べるチャジャン麺だった。善隣門、仁華門、韓中門など四つの牌楼が中華街の境界を示し、そこを歩くだけで異国情緒が味わえる。
この中華街の一角にある「共和春」という店が、1905年に初めてチャジャンミョン(麺)という名前で売り出した。中国の味を韓国人好みに工夫したその麺は、瞬く間に人気のメニューに。当時の建物跡は今も残り、2012年に『チャジャンミョン博物館』として造成され、元祖チャジャン麺を食べられる。
クセになる味、チャジャン麺
 チャジャン麺を初めて食べたのはソウルの明洞聖堂の前にある店でのこと。今から20数年前だった。地元の人から、「韓国で出前といえばチャジャン麺」と言われ、どんな麺かと尋ねたら「引っ越しでも食べるし、失恋した時に食べる人もいるかな」と。「汁気がないから運びやすいということもあるかな」とも。それを聞いて「引っ越しに麺というのは日本のそばと同じなんだ」と内心思っていると「まだ、食べていないでしょ。ランチに行こう」ということになり近くの店へ。それが聖堂の前にある中国料理を出す食堂だった。
店内に入り、お客さんに出されているチャジャン麺を見ていると真っ黒な色にびっくり。これは一体、どこがおいしいのか。身体にもいいと知人は言うけど、この真っ黒な色は栄養があるのかどうか。「さあ、食べよう!」あっという間に4人分が運ばれ、知人の食べ方を真似ながら箸で具材と麺をかき混ぜ、食べてみた。真っ黒な色からのイメージとは違う玉ねぎの甘さとゴマの風味が食欲をそそる。いくつかの野菜の中でも特にたっぷりと使っていると思われる玉ねぎと豚肉、そこにゴマ油風味の黒い味噌がソースになっていた。
「バンチャン(小皿料理)で出されているキムチやナムルで箸休めをしながら、食べるといいから」と声をかけてくれたが、あまりの旨さに夢中で食べた。量はやや多かったが、玉ねぎの甘さ加減が絶品だった。
その後、仁川で食べる機会があった。店によってはいろいろな作り方があるのだろうが、基本となるチュンジャン(黒味噌)と玉ねぎを炒めたソースの味はどこの店も、長年続く秘伝の味ともいえるものがあった。
医食同源の国・中国のよさと薬食同源の国・韓国のよさが合わさった絶品グルメのひとつ。簡単に安く食べられることもあって、国民食のひとつにもなっているようだが「引っ越しや失恋で食べることがある」のは、いまだに詳しくはわからない。
出かけることがままならない今、都内・新大久保にある韓国スーパーまでバスで行き、食材を買い込んでは自己流で作って楽しんでいる。コツはゴマ油、生姜、ニンニクと薬念を真似て。

新見寿美江 編集者。著書に『韓国陶磁器めぐり』『韓国食めぐり』(JTB刊)などがある。


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