キスン便り(第46回)先ずは認識

日付: 2021年09月22日 00時00分

 自身の経験から、仕事ができない人は、事実認識が出来ていない場合が多いです。
顧問先に節税ばかり勧めている税理士は、節税した結果、顧問先が黒字倒産してしまうという事実を認識できていません。ある程度の規模の中小企業になると管理会計を導入しなければ効率化は図れないのですが、管理会計の知識がないから、それをしなければならないという認識が出来ません。
簿記の知識がない社長は、利益の計算をするときに、現金の計算を始めてしまいます。これでは正しい利益は絶対に計算できません。こうした事例を見てくると、事実認識には知識が必要だということが分かります。いい仕事をするには、先ずは基本となる知識がなければならないということになります。
社長が指示するままに仕訳を切って入力する経理部長がいました。彼は仕訳の元になる経済行為を、全く確認しないで仕訳を切っていました。経済実態を知らずに仕訳を切ることはできないのに、社長が指示するままに処理をして、それで自分は仕事をしたと思っていました。
仕訳というのは経済行為の要約です。それを集計して試算表が出来、財務諸表が出来ます。経済行為という事実を認識しないで、簿記という言語に翻訳することは不可能です。それなのに経済的事実を認識しないで仕訳を切っていました。簿記の何たるかを知らないのです。簿記がどういうものでどういう位置づけのところにいるか、ということを知らないから、社長が指示するままに仕訳を切って仕事をしたと思っていられるのです。こういう人は成績がいいだけの馬鹿者です。知識は本質を掴むためにあるのですが、言われたことだけをするために知識を使っています。予算獲得のために戦争をおっぱじめた戦前の日本軍の幹部と変わるところがありません。成績だけ良い馬鹿者は会社を滅ぼし、組織を滅ぼし、国家を滅ぼします。こういう人間は知識を根本的に叩き直すか、それが出来ないなら退場してもらうしかありません。
簿記の構造が分かると、理論値が分かります。理論値というのはこうなるはずだ、という数字です。例えば源泉税は今月支払い分を徴収して来月十日に払います。帳簿は月単位で作りますから、正しい処理をしていれば今月末の残高は今月徴収分だけになるはずです。ですから貸方合計金額が月末残高と一致していれば良し、一致していなければ支払いの段階でミスがあった、あるいは前月の徴収に間違いがあったという推測が成り立ちます。これは仮説です。この仮説が成り立つ、あるいは成り立たない、ということを確認するために勘定の中身を分析していくことになります。そういう観点で帳簿をざっと見ていくと、これは間違い、といえるものを簡単にピックアップすることが出来ます。これを専門用語で簿記の自己検証能力と言います。簿記は自分がしたことを自分で正しいかどうか検証できるという意味です。
次いでビジネスの内容で、予測値が決まることがあります。あるクライアントのビジネスは、必ず粗利が出るという性格がありました。あるとき帳簿を見せてもらうと、粗利がマイナスです。この時点で「帳簿、間違ってますよ」と経理担当者に言います。一目見ただけで合っているかどうか分かるのです。それが知識です。知識なしに現状認識はできません。間違った認識を元に正しい判断をすると、その判断は間違いです。判断は、正しい認識をもとにして、しなければなりません。
会計専門家の仕事はリスクを明らかにすることです。それを元に社長は敢えて税務上否認される覚悟で処理することもあります。いわゆるダメ元というやつです。

李起昇 小説家、公認会計士。著書に、小説『チンダルレ』『鬼神たちの祝祭』『泣く女』、古代史研究書『日本は韓国だったのか』(いずれもフィールドワイ刊)がある。


閉じる