韓国スローフード探訪54 薬食同源は風土とともに

済州島の海女さんとアワビの釜めし
日付: 2021年06月30日 00時00分

 今、行ってみたいところのひとつが済州島。いつも、決まって滞在するのが中文にあるホテルだが、その周辺を散策するだけで潮風と緑のそよ風がなんとも心地よい。年々、島内は整備され、オシャレなカフェ通りやレストランが増えてきた。それでも、島の自然は以前にも増して保護され、貴重な動植物が生息している。
これまで、どれくらい訪れたのだろう。あまり思い出せないが、磯で休憩している海女さんたちに声を掛けられたのが22年前のこと。ふらふらと歩いている様子で日本人とわかったのだろう。「どうぞ、どうぞ」と手招きをしてくれた。海女さんたちは、採ってきたばかりのアワビをいくつか焼いて、談笑中。招かれるまま、韓国語でありがとう…しか言えない状態で、ほとんど日本語で話した。すると、日本語で返してくれた。「私たちは海女だけど食堂もやっていて、日本から来る観光客の人が多いから日本語を勉強したの。通じる?」と言われ、こちらが恥ずかしくなったのを覚えている。
旨みたっぷりのアワビの釜めし
 磯の香りがいっぱいのアワビをごちそうになった。「何て美味しいんだろう。こんなに丸ごと。嬉しいような、悪いような。図々しい態度でいいのか」と、いろいろと頭をよぎったが、ちゃっかり美味しくいただいた。「美味しかった? お茶もあるから」と、海女さんの中でもベテラン格のおばさんから、「もし良かったら、あそこで食堂をしているから来てね」と言われ、指を指した方向に目をやると2階建ての大きな食堂があった。「夕飯のころに行ってみます」と言い残し、アワビの磯焼きにすっかり満足しながら博物館へ向かったことがあった。
このことがきっかけで、済州を訪れると必ずといっていいほど、アワビの磯焼きをごちそうしてくれた海女さんのやっている店に行くようになった。だが、ある時、おばさんの姿は見えず若いご夫婦が切り盛りしていた。店内の様子も以前より明るくなり、メニューも増えていた。「おばさんはいないし、店が替わったのか?」と思いながら、焼きアワビなどを注文した。テーブルに焼きアワビが運ばれてきた。「これこれ」と、さっそく食べようとした時、「釜めしもありますけど、白いご飯でいいですか」と。「じゃ、釜めしを」と伝え、焼きアワビを夢中で食べていると「アワビの釜めしです」と。「ええっ! すごい。アワビだらけ」。何だか、贅沢の極みとはこのことか、と。釜めしの食べ方は心得ている。まずは、一緒に出された器に釜めしをよそって、釜には水を入れておく。これは、おこげのスープで韓国ではヌルンジというもの。ご飯のあとに、これを飲むと消化を助けるとされているのだ。その様子を見ていた店の人が「済州には何度目ですか」と聞いてきたので「もう15回以上は来ているかもしれない」と、話すと一冊の旅行ガイドブックを持ってきた。驚いた。その本は、初めての済州取材でアワビをご馳走になったお礼に、本が出来上がった時に持参したものだった。本には海女さんたちも食堂も掲載していないのだが、海女さんたちは「済州島があるから」と喜んでくれた。そして、「約束どおり本を持ってきてくれたことが嬉しい」と言われ、皆で磯焼きを楽しんだ。その後も本は店の片隅にいつもあった。その本を持ってきてくれた店主は、海女さんの娘さんのお婿さんで、代替わりをしたようだ。この本を持って来た人ではないかと、奥さんである娘さんと話していたらしい。「どうしてわかったの」と聞くと、スナップ写真を持ってきた。立ち寄るようになってから、いつも写真を撮ってくれた。今、どうしているかは聞かなかった。その後、またアワビの釜めしを食べに行ってみると、器によそったら、そこにマーガリンブロックとニラ醤油をかけて食べるようになっていた。だが、アワビの贅沢な出汁だけで十分すぎるほど旨い。心身ともに元気になってくる。

新見寿美江 編集者。著書に『韓国陶磁器めぐり』『韓国食めぐり』(JTB刊)などがある。


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