高英起の 髙談闊歩 ―第4回― 金正恩氏「体重減」の真相

日付: 2021年06月30日 00時00分

 北朝鮮の金正恩総書記が、ややスリムになったようだ。金正恩氏は六月に入って、朝鮮労働党中央委員会の政治局会議、中央軍事委員会拡大会議、中央委員会総会など立て続けに会議に出席したが、公開された報道写真を見る限り、確かにやや痩せたようだ。世界のメディア、情報機関も金正恩体重減に注目し、なかには「健康不安説」もささやかれるようになる。とはいえ、激ヤセという類いのモノではなく、「有事」「政変」に結びつけるのは、いささか性急な見方と言わざるを得ない。
金正恩氏の以前の体重は約一三〇キロとされているが、実は登場時(二〇一〇年)は八〇キロほどと推定されていた。筆者は、金正恩氏が最高指導者となる以前から、北朝鮮の報道記録をくまなくチェックしているが、金正恩氏の肥満が急激に進み始めるのは二〇一三年七月あたりからだ。実は、この時期から金正恩の恐怖政治が本格的にスタートしていた。同年八月、李雪主(リ・ソルチュ)夫人も所属していた銀河水(ウナス)管弦楽団のメンバーが処刑された。金正恩氏は一二月、叔父の張成沢(チャン・ソンテク)氏を無慈悲に粛清・処刑し、残虐な独裁者として世界に名を知らしめた。この時期から北朝鮮国内で恐怖政治の嵐が吹き荒れた。当時、二九才だった金正恩氏が仮に生まれつきの暴君だったとしても、猜疑心やストレス、プレッシャーに苛まれたことは想像に難くない。不安定な精神を諫めるため、暴飲暴食に走ったのか、別の手段に頼ったのかは定かではないが、金正恩の急激な肥満と恐怖政治の始まりは、なんらかの関係があると筆者は見ている。
一般論として、この肥満体型が健康リスクにつながるのは避けられない。二〇二〇年四月には姿を見せず、それまで欠かさず行っていた金日成主席の生誕記念日の参拝を行わなかったことから一時は「脳死説」「死亡説」まで流れる。実はこの時期、金正恩氏は心血管の治療、カテーテル治療を受けた可能性が高いことが判明している。「心血管治療」ニュースが伝言ゲームのようなかたちで拡散し、脳死説・死亡説というフェイクニュースが流れたが、五月に姿を見せたことにより、金正恩氏の生存が明らかになった。
金正恩氏は昨年一〇月には軍事パレード、今年一月には朝鮮労働党第八回大会で長時間の演説を行い、健在ぶりを見せつけており、数年内に金正恩氏の体調が急変するという可能性は低いようだ。とはいえ、金正恩氏が心疾患リスクを抱えている可能性は極めて高い。三七歳とまだ若い金正恩氏だが、年齢を重ねるごとに肥満体形のリスクは増加するだろう。もちろん金正恩氏も自身が抱える健康リスクは把握しているに違いない。実は今回の体重減は「プチダイエット」だったのかもしれない。意外と健康に気を配っているかもしれないが、相変わらずヘビースモーカーでもある。金正恩氏の健康不安こそが、北朝鮮にとって最大のウイークポイントであることは当分変わりそうにない。

高英起(コ・ヨンギ)
在日2世で、北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。著書に『北朝鮮ポップスの世界』『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』など。


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