韓国スローフード探訪49 薬食同源は風土とともに

シンプルで贅沢な江陵のカムジャオンシミ
日付: 2021年04月07日 00時00分

 桜が開花し、街路樹もいつの間にか若葉が増えてきた。数年前の今ごろの時期に江原道の江陵を訪れた。オリンピック開催後とあって、ソウルからのアクセスも便利になっていた。仕事を離れ、ソウルの友人と一緒に日帰りの旅。江陵には何度か足を運んでいたが、気ままな旅は意外となかった。
列車に乗り込むと友人が「昔から江陵にあるオンシミって知っている? 食べ物だけど」と言い、「昔から知られているの?」と聞くと「そう昔から。知らない?」「うん。知らない」
ということで、その日のランチはオンシミを食べることにした。車中で友人からカムジャオンシミについて教えてもらった。
カムジャオンシミとは「じゃがいもで作る団子」のこと。
江原道地方は山岳地帯がほとんどで稲作に向かないため、昔から畑作や酪農が盛んな地域として知られている。冷涼な気候で育つジャガイモや玉ネギ、キャベツ、ソバ、豆などはどれも特産品として名高い。
口当たりのよいジャガイモで作るオンシミ
そのジャガイモをすりおろして濾すと、容器に水分がたまる。暫くすると容器の底に澱粉が残る。容器の上澄みを捨て、底に残った澱粉と濾したジャガイモを混ぜて団子を作り、それを汁物に入れて食べるというもの(すいとんに似ている)。その昔、芋をコメの代用食とした時代に考えられ、どこの家でも食べていたという。
健康志向の高い韓国で、2000年代初めごろから「ウェルビーイング」が盛んにいわれるようになり、精神的にも肉体的にも良好な生き方を目指す人々が増えた。
この現象はスローフードとも密接になり、産地がわかるもの、国産であること、農薬の有無など、食の在り方とも関係するようになった。そんな中、昔からの食べ物とされていた郷土食が見直され、「地産地消」「体によいもの」ということでオンシミも広く知られるようになった。
久々の江陵。友人から「お腹空いたね。まずはランチを」とオンシミ通りに向かった。「この通り一番古いという店があるから」と友人の弾んだ声。ソウル育ちの彼女も食べたことはなく、テレビ番組で紹介されていたから絶対に行きたいと何だか元気。店はすぐにわかった。
ランチ時は避けていたのだが、店内はほぼ満席に近く「これは無理かな」と思っていると、4人で訪れていた男性グループが「どうぞ、どうぞ。私たちは済みましたから」と立ちあがった。何度もお礼を言うと「日本からですか。食べて行ってください」と。その会話に店の人が笑顔で「お客さんがみんないい人で」こういうことが嬉しい。午後1時を少し過ぎたからなのか、店内はアッという間に静かになった。
名物のカムジャオンシミ入りのカルククスが運ばれてきた。まずはスープを一口。「おっ、ジャガイモの香り」。続いて団子を食べてみた。「まるごとジャガイモ!」優しい味が身体のすみずみまで行きわたっていく。ツルっとした口当たりの良さ。天然素材そのものをいただく贅沢さ。手間ひまをかけたシンプルな料理は、身体のバランスを整えてくれるようにさえ感じた。
ゆっくりと育ったジャガイモの美味しさを存分に味わいながら、真の贅沢をかみしめた。心も身体もゆっくりと落ち着いていく。食は、心も身体も素直にしていくのだろう。

新見寿美江 編集者。著書に『韓国陶磁器めぐり』『韓国食めぐり』(JTB刊)などがある。


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