ノースコリアンナイト~ある脱北者の物語(49)「性暴力」の概念がない北朝鮮

日付: 2021年04月07日 00時00分

たんぽぽ


北朝鮮で2番目に大きい都市に住んでいるドンスは、都市には住めない地方の出身だった。北朝鮮では移動の自由がなく、農村から都市へ、農場員から工場員など他の仕事へ移ることは考えられないのだ。彼は3人家族で、父は実の親ではなく、ドンスの母とドンスは理由と事情があって田舎から来た。ドンスの出生から家庭まで、大きな秘密があった。
まずドンスの出生にまつわる秘密だ。ドンスは地方の組織、農場管理委員会のトップである党秘書が実の父だ。ドンスの母はスタイルが良く、すごい美人で、表現は悪いが歩く美術品のようだった。初めてドンスの母に会ったときの驚きは今も鮮明に覚えている。貧しい身なりでも隠せない美しさに驚き、これは確実に朝鮮労働党5課(金氏一族と最高位幹部たちに奉仕する処女を選抜管理する専門部署)の対象なのに、なぜこんなところにいるのかと驚いた。
この美しさが、逆に不運だった。北朝鮮で生まれたことから、彼女にそんな特別な「美」を与えた神様まで、全てが不運の出会いとなった。
ドンスの実の父は、幼い時からかわいかったドンスの母を徹底的に管理した。学校を卒業して農場で働く彼女を、自身の管理下の「金日成革命活動研究室」管理員にして近くに置いた。
北朝鮮で「5課指導員」と呼ばれる人たちは年中、全国の小学校から工場まで回っているが田舎にはあまり行かないのだ。しかし噂などを聞くと必ず訪れて確認、登録し管理プログラムに沿った指導が始まるのだ。ドンスの実の父が彼女に関する噂が漏れないように権力を利用して徹底的に管理したのは、確実に5課対象となる処女に手を出すと罰を受けるからだった。
娘が5課対象になることに親は反対意見を出せないし、むしろ生活と身分成分アップ、社会的待遇の向上などから5課に入れたがる親も多いのだ。当事者自身も一般社会での貧しい生活から抜け出す絶好のチャンスだと思うし、女の子たちにとって憧れの存在である。
「未成年者への性暴力」や、そもそも「性暴力」という言葉は北朝鮮にはない。私は日本に来て性暴力に関するワードを聞いても、その意味が分からなかった。
意味が分かった時、真っ先に頭に浮かんだのは北朝鮮は上から下まで性犯罪の巣窟ではないか、ということだった。
ドンスの母は出身成分からも反抗できず、15歳ごろから「性暴力」を受けてきた。彼女が生まれてすぐ、5人家族は平壌から追放され田舎に来ていた。
追放の理由は、彼女は知らなかった。一家は祖父母と3人兄弟で、両親は一緒に田舎に来なかった。家には両親の写真がないので、父母の顔などは7歳上の兄から聞いただけで、3歳上の姉も両親について記憶がないと言っていた。祖父母含め家族5人がみんな体格に恵まれた美形だった。その中でもドンスの母が飛び抜けて美しかった。
ドンスの母は、自分が祖父母と家族を大変な農場生活から少し楽にできることから何の恨みもないようだった。しかしドンスに対してはすごく罪の意識を持っていて、ドンスが優しくて情が深い子なのに怖がっていた。ドンスを見る彼女の目、それは私の語彙力では表現できない。到底不可能なほど、複雑なものだった。
性行為は本来、善意の道徳を伴う美だと思う。北朝鮮で毎回要求され試される忠誠心の尺度と、同志間の信頼の証として「性の献納」と「性の共有」が重要な項目になっている。金正恩時代になり、少しは変わったかと聞いたら、最近の脱北者は鼻で笑った。韓国の主体思想派の中から性犯罪者が多く出るのも、北朝鮮の影響だと思う。米国務省が「2020年国家別人権報告書」で、韓国での公職者の腐敗と性暴力に対して名指しで明示した。名前が上がった3名は20代の学生のときから主体思想派だったという。    (つづく)


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