建国に抵抗した反乱を鎮圧するのは当然

日付: 2021年04月07日 00時00分

 在任中、韓米同盟破棄と親中連邦制の実現を推進してきた文在寅が、大韓民国を破壊する反逆をまた1つ行った。文在寅は3日、済州島で行われた「4・3暴動」73周年犠牲者追悼式で「国家暴力の歴史を一層深く反省し省察する。(中略)政府は、追加真相調査はもちろん、受刑者の名誉回復のための後続措置にも万全を期する」と述べた。
青瓦台は、徐旭国防部長官と金昌龍警察庁長官を追悼式に出席させ、「軍と警察の真正性のある謝罪の心を、犠牲者と遺族、済州道民が包容と和合の心で受け入れてほしい」と言った。しかし、「済州4・3暴動」は、北の真の建国の父であるテレンチー・シュトィコフの指令を受けた南労党が、大韓民国の建国のための制憲国会選挙(1948年5月10日)を阻止するために起こした共産暴動だ。スターリンの代理人だったシュトィコフ(当時、北韓占領軍司令官・駐平壌大使)は、北韓占領後、日帝時代に発行された朝鮮銀行券の使用を禁止し、これを南韓へ送り共産化工作資金として使用した。
4・3暴動を起こした主役たちは、越北して北韓最高人民会議の代議員に選出され、遊撃隊長だった金達三(本名李承晉)などは、6・25戦争中、再び南韓へ派遣されてパルチザン闘争中に射殺された。
この事実は、歴史的に既に証明された客観的事実だ。これを覆す歴史歪曲作業をした主役が、今回のソウル市長補欠選挙の原因を提供した朴元淳だ。朴元淳は2003年、「済州4・3事件真相調査報告書作成企画団」団長として、金日成に虐殺された南労党首魁・朴憲永の私生児の圓鏡(朴秉三)と共にこの歴史歪曲作業をした。
文在寅は、4・3を国家暴力というが、反乱を鎮圧するのは当然だ。脱北者を密かに北へ送還し続けた文在寅政権こそ、反人道犯罪を繰り返してきた。彼らは国家暴力の実行者だ。


閉じる