ノースコリアンナイト~ある脱北者の物語(47)子ども同士のけんかにも「出身成分」がものを言う北朝鮮

「北送事業」から61年
日付: 2021年03月03日 00時00分

たんぽぽ

 「北朝鮮」というと「チンピラ+詐欺師」の単語が頭に浮かぶ。厳密に言うなら、この単語では物足りない。世の中の「下劣さ」を全て集めても、まだ足りないのではないかと思う。欲望と無能ばかりの人間が、自身の無能をカバーする「理念」と出会って、しかしその「理念」とは普遍的な人間社会には通じないモノで、人間社会のベースになる理・徳・倫を壊す狂気に近い。いや、それでもまだ言い足りない。
金氏一族は1945年、ソ連のスターリンから選ばれ韓半島の北で「統治」の真似事を始めた。スターリンの真似から脱し独自の何かをしたかったが、知力も人間力も足りずモヤモヤしていたところに、黄長燁という卑劣な知識人と出会った。黄氏はすぐ、金氏一族の欲望を察し「主体思想」という「理念」を作って差し出した。
「主体思想」は簡単に言うと、「個人」の存在を全て否定して「集団主義」だけを優先するもので、私は詭弁だと思う。だから「主体思想」派になると、まず自分と相手に対する尊敬・礼儀がなくなってチンピラより酷い行動を取り、それを世の中になかった優越な「主体思想」の表現だと正当化するのだ。北朝鮮の歴史に人権問題が後を絶たないのは、このような理由からだ。「主思派(主体思想派)」が韓国の現政権を掌握しているのを見ると、北朝鮮で感じていた恐怖と同じものを感じる。
北朝鮮では出身成分を一般的には「土台」と言っている。保育所から土台の悪い人と良い人は分離されて、土台が悪い人はその身分から一生逃れられないから賄賂で良い土台を買って、前まで同じ身分だった人に嫌がらせをするのだ。悪い身分の人に嫌がらせをするのが朝鮮労働党に対する忠誠心の表出で、朝鮮労働党員の象徴となっている。「主体思想」は人間性の成長を悪い方向に走らせる元凶なので、良い土台になった瞬間に自分より下の身分の人にあらゆる悪さを平気でするのだ。私は、この社会に生まれたので慣れているが、このような恐ろしい世界に日本から渡ってきた約9万3400人の在日コリアンと日本人妻と日本国籍者はどれほど怖かったかは想像を絶するものだったろう。
土台の良い人しか就職できない図書館で、細胞秘書だけではなく同じ職員からも嫌がらせを受けながら黙々と仕事をしている中で、ドンスと出会った。
前回も述べたように、図書館には大体似ている出身成分と社会成分を持った子どもたちが来ていて、これは規則ではなく子どもたちが自ら悟った暗黙のルールだ。
ある日、図書館の片隅でひとりの男の子が10人ぐらいの子たちに囲まれていじめを受けるのを目撃した。10人の子どもの中には女の子もいた。私は高校まで女子校に通っており大学に入る前までは男性とあまり話したりしなかったので、男の子と女の子が普通に交じって行動するのが少し不思議で興味深く見ていた。10人の中で女の子がいじめの親分のようで、いじめ行為に怒りながらも、私には驚きと不思議と、悪いがちょっと面白さも感じていた。私は時々いろいろな面を持っている自分に出会うと、戸惑いを隠せない時がある。
いじめを受けていた男の子が後日、名前を聞いたドンスだった。いじめをする10人とドンスの間に立った私は、図書館の中ではけんかをしてはいけない、外に出て話し合って、と言ってみんなを外に出した。日本に来て、いじめがあると学校や職場への報告・通報のシステムがあることに驚いた記憶がある。
北朝鮮では子ども同士がけんかをすると親が出てくるのが普通で、それも身分が同じ同士だと話し合うが、身分が違うと低い身分の方が文句なしに悪いというのが決まりで話し合いにもならない。
(つづく)


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