大韓民国の建国史(226)韓国が偉大な国に向かう旅で軍隊の役割

日付: 2021年02月25日 00時00分

 今まで見てきたように韓国は、韓半島で14世紀末から518年間「文の国」であった朝鮮王朝とは異なり、戦争と国軍を通して尚武国家・近代国民国家となり得た。そして、第2次大戦後、独立した国々の中で最も大きな規模の現代的軍隊を持った韓国の国防費は、国防費以上の役割を果たした。
年間6000人以上の新任将校を必要としてきた膨大な将校団と職業軍人たちは、新生独立国の中核であり、彼らは前述した通り、産業化の初期を担当した人材だった。軍隊はあらゆる分野で専門人材を養成し、輩出した。1960年代半ばまでに米国へ留学した韓国人たちは圧倒的に軍人が多かった。
事実、第2次大戦後、NATOを除けば、自由陣営の中で米国と一緒に大規模の陸軍を提供した反共国家は、西太平洋地域では韓国、中東ではソ連の南下を阻止したNATO加盟国のトルコだった。つまり、大韓民国の陸軍は自由陣営が保有した貴重な軍事力であり、この国軍を通じて韓米同盟が維持されたことで、大韓民国は発展、繁栄できたのだ。
5・16革命後、韓半島で激動の時間が経った後のことだが、朴正煕はニクソン・ドクトリンによって直面した絶体絶命の安保危機を正面突破することになる。韓国は、大陸の共産勢力と対決する膨大な軍事力を維持し、自主国防のため、重化学工業を起こす道を選択した。この決断は韓国を偉大な国家へと歩むようにし、世界5大工業国になる出発となった。
重化学工業化には、輸出主導の経済建設とは次元が異なる数多くの技術力と機能人力が必要だった。5・16軍事革命を起こした当時、韓国の大学生数(専門大学などを含む)数は約10万人、人口の0・4%にも満たなかった。そして当時の状況は、大学を出ても彼ら高級人材が就職する職場がなかった。
朴正煕が大統領に就任した直後の63年12月21日、外貨稼ぎのため西ドイツに鉱山労働者として出国した韓国人1陣123人のうち圧倒的多数は、実際の鉱山労働者ではなく、大卒者だったほどだ。
古今東西、国家の発展は、高級人材をいかに養成、確保するかにかかっている。李承晩建国大統領と朴正煕大統領が教育への投資に全力を尽くしたのは当然だ。ベトナム参戦を決めた韓国に感謝したジョンソン米大統領が、朴正煕大統領にお土産をあげたいと言ったとき、朴正熙は、科学技術研究機関を望んだ。そのとき設立された韓国科学技術院(KAIST)は、数多くの高級人材を輩出し、今も韓国の科学技術の揺籃の一つといえる。
朴正煕は、近代化革命の過程で多くの政治的挑戦を受けた。朴正煕は、その挑戦と危機を、彼が掌握した軍隊と有能な職業官僚組織を通じて突破した。そして、朴正煕のビジョンと戦略を実現させた最も強力な味方、同盟は企業家たちだった。競争を通じて現実を生きてきた企業家たちは、無から有を創造する難しさが分かり、国家の近代化と自分の目標を一致させた。彼らは朴正煕大統領が提示したビジョンが彼らには機会であることが分かった。
事実、5・16直後から朴正煕に日本との国交正常化を注文したのも企業家たちだった。そしてもっと高い次元の戦略とビジョンを練っていた朴正煕大統領は、日本との国交正常化を決心する。朴正煕時代が終わった後も、韓国が発展し続けたのは、選挙や任期に支配されない企業家たちが、朴正煕が敷いた、近代化のビジョンを固守してきたためと言えるのではないだろうか。
(つづく)


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