キムジャンは韓国の秋の風物詩。その昔、冬の野菜不足を補うために大量のキムチを漬け越冬に備えた。この時期のキムチ作りをキムジャンといい、一家総出でオモニ(お母さん)の指示によって作業は進み、その家の味が出来上がっていく。聞くところによると、今から30~40年前には企業から白菜を購入するためのキムジャンボーナスが出たこともあったようだ。
これまで、何度かキムジャンに飛び入り参加をしたことがある。いつも取材で歩き回っているうちに遭遇してしまう。「日本人? キムジャン見ていって」と満面の笑みで声を掛けられたのが22年前の11月のこと。ソウル・三清洞から北村を歩いていた時に韓屋の中庭でキムジャンをやっていた人たちだった。北村界隈が今のような観光スポットではなかった時代のこと。民家が立ち並ぶ通りには唐辛子を天日干しにしている家もあった。澄み渡る秋の空と唐辛子の色がとても美しく、今となっては懐かしい思い出になっている。
その時に同行してくれたのがソウル生まれソウル育ちのチョンさん。その時から20年ほどの交流が続いている。彼女は韓方(韓国の漢方)調剤をやっていたお父様の影響で学生時代から食と韓方に興味を持ち、私に韓国の食の魅力を教えてくれた一人でもある。
チョンさんから「キムジャン終わったよ」と、ラインがあった。11月最後の日曜日のこと。実家で暮らすチョンさんのところに妹さんたちが集まって沢山のキムチを作ったようだ。「おやっ。キムチ作りの様子ではない」と思いながら、送られてきた画像に興味を持った。いつもはキムチ作りをしている様子やキムチ作りに使う材料をスマホで送ってくれるのだが今回は、やや違っていた。大皿にドーンと盛られたポッサム(豚肉を茹でたもの)、イイダコの塩辛、生牡蠣、薬念、味噌、瑞々しい白菜(具材を包んでサムにするためのもの)の画像であった。「これは?」とラインで聞いてみると、「キムジャンが終わった時に、昔から食べていたから」との返信。大量のキムチを作ったあとに、栄養価の高い豚肉とキムジャンに使った塩辛などを野菜でくるりと巻いて(サム)、食べるのが習慣のようだ。「皆で食べることが大事」とも。
これまで、何度かキムジャンに参加をしたことはあったが、家族皆で労をねぎらう食卓の様子までは知らなかった。栄養価の高い豚肉を野菜にはさみ、キムチの味の決め手ともなる塩辛や合わせ調味料を付けて。ミネラルいっぱいの牡蠣も。肉と野菜と海の物。そこに発酵した味噌という豊かさ。画像を見ているだけでパワーチャージされた気分になる。
キムジャンのあとに、こんな素敵な習慣があったのだ。あらためて韓国の食の奥深さをしみじみと感じた。体力を使った時は、身体を休めながら栄養価のあるものを食べる。チョンさんは以前、「うちでは、玉ネギ、青ネギ、ニンニク、月桂樹、胡椒を入れて茹でこぼしをしてから味噌、唐辛子、それとあるものを入れるの」と笑っていた。ポッサムは単純に茹でている訳ではなく、スパイスや薬味が使われているからこそのおいしさなのだ。
早々、ポッサムの材料を買ってきた。肉はチャーシュー用で。キッチンのテーブルにパソコンを置き仕事をしながらポッサム作りをスタート。じっくりと料理ができる時間を楽しんでいる。
新見寿美江 編集者。著書に『韓国陶磁器めぐり』『韓国食めぐり』(JTB刊)などがある。