大韓民国の建国史(214)革命への激情の吐露、朴正煕の国家と革命と私

日付: 2020年11月05日 00時00分

 国家再建最高会議議長の朴正煕は大統領選挙に出馬するため、17年間の軍服務を終える。46歳の陸軍大将は1963年8月30日、自分が指揮した第7師団の練兵場で行われた転役式で「二度とこの国で本人のような不運な軍人がないようにしましょう」との言葉で転役辞を終えた。朴正煕は大統領選挙を控え、自分の政治哲学と近代化への所信を打ち明ける『国家と革命と私』という本を出す。9月1日付で出版されたこの本は、朴正煕の考えを最も率直かつ正確に記録したものと評価され、今もよく引用される。朴正熙はこの本の中で、選挙を通じての民政移譲を積極擁護した。
「たった一人の死、たった一人の負傷もなく、革命のすべての敵対勢力に対等な位置を開放し、道理と自由競争の原則に立って革命の結実を試みた例が、世界の革命史の中であっただろうか」
朴正熙が最も批判したのは、民主主義を実践せずスローガンばかりの旧政治家たちの偽善だった。
「真の民主主義は健全な経済基盤の上でのみ確立し得る。また、健全な民主主義は真実と法律本位の政治的基盤の上で成立し得るもので、われわれ(韓国)の民主主義は虚偽と誇張と腐敗、無能、独善のために成立しておらず、民主主義の抜け穴を逆利用して、歪曲された偽装民主主義を助長した。我々の民主主義は、一部限られた知識層のみの玩具か、政商の輩の生活の元のようになり、国民には不満の排出口のように誤用されている」
朴正煕は近代化革命の公式を「既成勢力層対(国民意識+軍人の力)」と説明した。軍人が権力基盤、ないし政治的安定を提供し、国民の自立意志を組織化してから、その力をもって旧政治家で代表される既成守旧勢力を弱体化させ、新しい国家を建設するという戦略だった。朴正煕は軍人による革命が国民革命、つまり近代化革命的へと発展・昇華されるべきだと繰り返し強調した。
朴正煕は、革命で政権を取ったとき、「まるで火事で焼けた、盗まれた廃家を受け持ったな」と思ったと言った。彼は61年度予算の52%が米国の援助に依存していた事実を挙げ「韓国に対する米国の関心を示した」と言った。彼は「これでも私たちは果たして独立自由、民主主義の主権国家と自負できるか、本当に痛々しく呆れたことと言うしかない」と記述した。彼はこう激情を吐露した。
「要するに、解放後19年間の総決算それは得たものより失ったものが多い反面、ただ一つの所得があったなら、むやみに真似した、直輸入の不具の民主主義の強制移植があっただけだ。疲れた5000年の歴史、不具の歪曲された民主主義、空っぽの廃墟の上で、われわれは果たして何をどうすべきだろうか」
だが、朴正煕は軍事革命も、自由民主主義を志向することを強調した。
「われわれは、共産主義に反対し、自由民主主義を原則とするしかない。民主主義への信奉を堅持する限り、世論の自由を防げない。討論の自由の中で、革命の求心力を求める革命、それは骨の折れる難しいことだ」
朴正熙は63年9月28日、ソウル中高校の校庭で行われた大統領選挙遊説で「私は今、旧政治家が考え、叫んでいる民主主義は、かかしの民主主義、中身のない殻の民主主義、事大主義的民主主義で、本人はこれをまとめて虚飾的民主主義と言っているのです。祖国の再建は、汗と涙のみで可能なこと」と言った。(つづく)


閉じる