【映画】『詩人の恋』(韓国)

平凡な中年男が抱いた思いがけない感情
日付: 2020年10月28日 00時00分

30代後半の売れない詩人テッキを演じるヤン・イクチュン©2017 CJ CGV ㏇., Ltd., JIN PICTURES, MIIN PICTURES All Rights Reserved

 『息もできない』で暴力的な取り立てを生業とする孤独な男を演じたヤン・イクチュンが、本作では強面(こわもて)のイメージをかなぐり捨て、同性との愛に目覚める詩人に扮した。演技とはいえ同一人物とは思えぬ「変身ぶり」に演技の醍醐味を味わう人もいるだろう。
韓国の南端、済州島で生まれ育った詩人のテッキ(ヤン・イクチュン)は、スランプながらも詩作にいそしんでいた。ところが家計を支える妻ガンスン(チョン・ヘジン)が妊活を始めたため、穏やかだった彼の生活にさざ波が広がっていく。「乏精子症」と診断されたことに戸惑い、肝心の詩作も不調という彼を救ったのは、ドーナツ屋で働く美青年セユン(チョン・ガラム)だった。彼のつぶやきが詩の材料となり、詩の世界を大きく広げてくれたのだ。青年のことをもっと知りたい、守ってあげたいという思いがけない感情が徐々に膨れ上がっていく。
菅田将暉と共演した『あゝ、荒野』の役作りのため鍛え上げたボクサー体形から、約8キロ増のぽっこりふくらんだお腹と、ドーナツを無心にほおばる姿はぬいぐるみのクマのように愛らしい。それだけでも驚かされるが、夫としての責任や同性愛について答えを出そうともがく姿には、平凡な人生を歩んできた中年男の悲哀が浮かび上がる。そして見る者には、自身の踏み込めなかった恋や諦めた人を思いださせるかもしれない。
『東京タクシー』の助監督を務めたキム・ヤンヒの初長編監督作品。コメディとシリアスのバランスのとれた脚本が印象的。また妻役にチョン・ヘジンを当てるなどキャスティングにもセンスの良さが光る。たとえば明るい妊活もシャキシャキして好感を持てるし、とりわけ夫の変化を見逃さず、笑顔を見せつつも核心に迫っていく目の演技が素晴らしい。彼女のほかの出演作品も見たくなった。『感染家族』のチョン・ガラムも美青年セユンを好演している。
詩の出てくる映画といえば、イ・チャンドン監督の『ポエトリー アグネスの詩』を思い出す。認知症の高齢女性が孫の性犯罪事件にからんで苦しい胸の内を吐露しながら詩に紡いでいく。詩や歌が映画と相性の良いことが見て取れる。本作では詩の授業で児童の一人から「詩人とは」と問われ、テッキに「悲しみを抱える人々のために代わりに泣くのが詩人なんだ」と答えさせている。これからも詩の出てくる作品に注目したい。

(紀平重成 アジア映画ウオッチャー)

公開=11月13日(金)より新宿武蔵野館他全国順次公開。
公式HP=https://shijin.espace-sarou.com/


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