ノースコリアンナイト~ある脱北者の物語(39)中秋の名月も曇る北の蛮行

「北送事業」から61年
日付: 2020年10月07日 00時00分

たんぽぽ

 猛暑だけでも大変なのに、コロナの影響でマスクを外せなかった今夏はとても辛い時間だった。今年の10月は、日本では「中秋の名月」、韓国では「秋夕」から始まって、一年のなかでもっとも美しい満月が秋の澄んだ夜空に浮かぶ楽しい季節になりそうだった。
生死を知ることが出来ない北朝鮮にいる兄弟の安否を、私は毎月の満月の夜にお月さまに聞くので「10月の満月の日は兄弟の無事を祈りたいので良いお天気になりますように」と祈っていた。そんな僅かな望みも、穏やかな気持ちで待たせてくれないのが北朝鮮だ。
9月24日、北朝鮮が22日に北側海域で漂流していた韓国の民間人に10発の銃弾を乱射した等のニュースが流れた。金正恩にとって当たり前のやり口に今さら驚く世界に、私は驚いた。3年前に韓国の国会議員数人とミーティングした際、私は「現政府が北朝鮮人権問題を無視すれば、北朝鮮も韓国民の人権を無視する」と言った。その時に私を嘲笑った人の顔が浮かんで涙が出た。
すでに「憤り」はなかった。「憤り」とは、人間が未だ人間の姿や心が少しでも残っている人に向けた感情であり、故人の冥福だけを祈った。
韓国の民間人に残忍極まりない蛮行を振るった北朝鮮は、遺体をご家族が故郷に祀られるようにとの配慮もないのだろう。今年10月10日、北朝鮮労働党創立75周年を記念するための盛大な政治行事準備で忙しい様子が衛星写真に撮られた。自ら北朝鮮労働党の本質を世界に見せ付けているのだ。
北朝鮮では9月9日の北朝鮮建国日政治行事が終わった次の日から、すぐ10月10日の政治行事準備が始まる。ここで他の政治行事日程と違う所が一つある。他の政治行事日程は、当日の政治行事が終わってから関連思想闘争会までが日程だ。思想闘争会は約半月ほどかかる。
9月9日の政治行事思想闘争会は、10月10日の政治行事準備期間と人々の士気を考慮して、後に10月10日政治行事思想闘争会と併合された。
8~9歳から死ぬ日まで1人残らず全国民を政治組織に加入させ、年中政治行事等に動員し、少しでも考えがある北朝鮮人は、そもそも金氏独裁者たちは最初から国民に豊かな生活をさせたいという気持ちはないと思っていた。
特に、私の父より上の年輩者たちの中にそう思っている人が多かった。しかし抵抗できなかった。北朝鮮の連座罪で自分の大事な家族などが酷い目に遭うのを恐れていたし、北朝鮮の相互監視システム下で組織会議以外の3人以上の集まりは禁止されていた。早朝から晩までの組織生活で自由時間もなく、飢えと搾取による慢性的な貧困状態だった。そして毎日の洗脳教育と「偉大なる首領さまを信じて従うと幸せな未来が来ます」という宣伝に騙され、やがては残される家族が国から少しでもご恩をもらえるように死ぬ瞬間まで「偉大なる金日成大元帥様万歳」と叫んでいる人が多くいた。
心からではない偽りの忠誠心と万歳が口惜しく、国民に移動の自由も与えず、人間の全ての希望を奪い、僅かな自由も許さない北朝鮮全土が一つの絶望の収容所になっている。金日成からもはや精神異常になった金正日が生まれ、とっくに人間ではない金正恩が生まれ、金氏一族は人間に生まれ変わる最後の機会さえ自ら蹴飛ばして人間も自然も全てを破壊し殺し、不幸を楽しむ怪物だ。
毎日「平和」を口にしながら自国民が殺されても何もしない現韓国の姿に、未来が消えていくのが怖い。今日よりいい明日、未来は準備できている者にだけ来ると、ある有名な哲学者が言った言葉を思い出す。
(つづく)


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