キスン便り(第25回) 韓国と日本の相違10

日付: 2020年09月30日 00時00分

 韓国人が約束をひっくり返して来たなら、それは前の晩に、奥さんにしこたま叱られた、という可能性が極めて高いです。日本人はここのところが分からないから、韓国人は約束を守らないと憤慨しますが、そういうわけがあるということを知っていれば、可哀そうに、こいつは昨日、かみさんにいじめられたんだな、と笑って許すことが出来るでしょう。次にすることはかみさんを落とすことです。決定権はかみさんが握っているということがはっきりしたわけですから、かみさんと交渉です。ただし女性ですから、息子を褒め倒すという方法で臨むのが最善です。将を射んと欲せば先ず馬を射よ、ということです。
さて、韓国での駐在員生活を終え、日本に戻って自分のオフィスを持った頃のことです。韓国語が分かる会計士を探しているというある会社の部長がやって来ました。名前を言えばたいていの人が知っている会社です。韓国とビジネスの交渉をしているのだが、向こうの通訳の言っていることがさっぱり分からない。日本語を話しているのだが、理解できない、というのでした。
日本語で話して理解できないというのなら、文化的な差が原因でしょう。通訳する度に、韓国の歴史的背景や文化的背景まで解説しなければならないのなら、これは三倍疲れます。そういって断ると、部長は、
「報酬は三倍出します。ぜひ韓国に一緒に行って下さい」
と必死です。その必死さに負けて、私は韓国に行きました。相手の会社も韓国ではたいていの人が知っている会社でした。韓国側の言うことを翻訳して三十分ほど経った頃、日本の部長が自分の膝をパン!と叩きました。そして、
「ああ、そういうことが言いたかったのか」
と大きく頷きました。私は女性の韓国人の通訳を見ました。彼女は恥ずかしそうに下を向きました。原因は文化の差ではなく、通訳の力不足だったのです。彼女は観光ガイドぐらいは出来るでしょうが、会社法や税法、それに外為法の話などを訳す能力はなかったのです。その後は、話はとんとん拍子に進みます。翌日は具体的な契約書作りです。日韓両国語の対訳形式で契約書が作られました。
私は韓国側の主張を聞き、日本人が普通言わないような部分では、背後でどういうことがあったかという推測まで付け加えながら通訳を続けました。そして最後に、解釈に違いが出た場合は、日本語で判断する、という一文を入れた方が良い、と言いました。韓国側も同意です。日本人の部長は大いに感謝しました。最終日は韓国の会社の会長がやって来て、私の労をねぎらいます。日本も韓国も儲かる話ですから、私もホッとしました。で、会長が、自分のチングが日本に行くから、面倒を見てやってくれといいます。そして下位の財閥の名前を言いました。
その財閥の日本の子会社と契約をして、会長が日本に来たときに挨拶に行きました。すると会長は、俺の隣りに座れ、といって、日本の不動産業者が持って来る物件の説明の翻訳をさせます。そしてポイントでは、日本の税法はどうなっているか、会社法はどういう規程をしているか、と聞いてきます。俺はお前の従業員じゃないぞ、と思いつつも教えてあげました。結局、午後は暗くなるまで全て私が翻訳です。
「晩飯食いに行こう」
と言いますが、私は、
「帰ります」
と一礼しました。会長は、
「明日も来てくれ、お前の話は分かりやすい。今までの通訳はゴミだな」
と言います。こき使う気だと知って、切れちゃいました。私は子会社の部長に、契約解除を申し出ました。自分から契約を破棄したのはこの会社が最初で、今のところ最後です。

 李起昇 小説家、公認会計士。著書に、小説『チンダルレ』『鬼神たちの祝祭』、古代史研究書『日本は韓国だったのか』(いずれもフィールドワイ刊)がある。


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