「歴史の転換点」仁川上陸作戦から70年

共産全体主義の侵略と戦う自由同盟
日付: 2020年09月30日 00時00分

 「仁川上陸70周年記念・トランプ大統領再選勝利大行進実行委員会」は15日、スターリンの全面支援で南侵した金日成軍を決定的に敗退させた「仁川上陸作戦」70周年を記念するデモ行進を行った。この作戦は6・25韓国戦争の分水嶺となっただけでなく、文明史の流れを変えた歴史的な戦いだった。70年前のように、中共は自由民主体制へ挑戦している。

(上)デモ行進のもよう

 15日に行われた、仁川上陸作戦70周年を記念するデモ行進には80人以上が集まり、光陵公園から米軍厚木基地正門、東柏ヶ谷近隣公園までを行進した。
実行委員会は、大韓民国自由民主主義を守る在日協議会(韓自協)と日米同盟強化有志連合などが中心となって立ち上げたもの。
(下)米軍厚木基地正門前で感謝状を手渡す池田文子顧問
 デモ隊はシュプレヒコールで、作戦を発案したダグラス・マッカーサー将軍への感謝と、トランプ大統領の再選祈念、中国共産党の打倒を訴えた。
厚木基地の正門では、両団体の代表の韓在銀共同代表と池田文子顧問が、それぞれ駐日米軍司令官宛の感謝状を手渡した。
6・25韓国戦争の趨勢を決した仁川上陸作戦は、韓半島東南端の釜山橋頭堡まで後退を余儀なくされていた状況を打破するため、ダグラス・マッカーサー元帥が立案したものだ。
この作戦は、仁川の大きな干満差など物理的な障害や、後続部隊の上陸前に敵からの反撃に遭った場合に被り得る被害の甚大さから、博打だとして米国首脳部から強く反対された。
1950年9月15日、マッカーサー元帥は、この上陸作戦が不可能だという敵軍の思い込みを突き、奇襲上陸を成功させた。これにより、北韓軍は補給路を断たれ、総崩れで38度線以北に敗走。以降、共産軍の主力は毛沢東の中共軍に変わった。
この作戦は6・25戦争の分水嶺であるとともに、大韓民国をアジア大陸の自由の橋頭保たらしめ続けた、文明史の流れを変えた歴史的な戦いだった。
6・25戦争で国連軍が戦えたのは、日本という後方基地があったからこそだった。そして、仁川上陸作戦はその日本をも救った作戦だった。
行進開始に際し感謝状を読み上げる韓在銀共同代表
 トランプ大統領が指揮する米中戦争は、67年前に停戦協定で引き分けになった「6・25戦争」の後半戦だ。70年前に人海戦術で韓半島を侵略した中国共産党が、今度はデジタル侵略で、韓国の第21代総選挙に介入し、自由民主体制の根幹である選挙システムを破壊した。
米国は中共党を戦略的に包囲するため、「4カ国安保対話(クアッド)」の構築を表明している。「クアッド」は70年前に中共軍と戦った戦闘部隊を提供した米国とオーストラリアに加え、日本やインド、さらにアジア太平洋地域の国々が参加する、中共に対抗する自由同盟への拡大のビジョンがある。
韓国の「4・15不正選挙」は、70年前と同様に、共産全体主義による自由民主体制への侵略・挑戦だ。中国共産全体主義が70年前よりも横暴化したという認識を、韓日だけでなく、アジア全体が共有しなければならない。


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