ノースコリアンナイト~ある脱北者の物語(36)祖国解放と、金氏一族の搾取が始まった8月15日

「北送事業」から61年
日付: 2020年08月15日 00時00分

たんぽぽ


セミの鳴き声に耳が痛くなる季節、その鳴き声により暑さを感じながらも稲穂が実っていく様子に幸せを感じる8月。この8月の中で15日という日は北朝鮮に居た時も、日本に居る今も、特別に浮かんで来る日である。
韓半島民族にとって慶祝の日であるが、それを喜ぶに当たってその反対にあまりにも痛い悲劇が今日まで続いており、素直に喜ぶことが出来ない。私には悲しい日である。広島と長崎への「原爆投下」という人類史上、科学者にとって一番恥ずかしく、二度と起きてはならない悲劇が先に浮かぶ8月でもある。朝鮮半島分断の悲劇が今も続いており、その分断の苦しみは現在進行形だ。
8月15日を、韓国では主権を取り戻した意味で「光復の日」と呼び、日本では「終戦の日」と呼ぶ。北朝鮮では8月15日を「祖国解放の日」と呼び、金日成の抗日武装闘争で国土が解放されたと学んだ。北朝鮮に居た時、年配の方々に「8月15日とは何の日ですか」と聞くと、大抵「よくわかりません」と答える。
北朝鮮では1960年を境に、60年以前に生まれた人は少し考えながら「8月15日とは…」と答えるが、それ以降に生まれた人は何も考えることなく秒速で当局から教えられた「祖国解放の日」と答えていた。これは私の体験で、北朝鮮洗脳教育の本格化がいつ頃からだったかが分かる一例だ。
この百害無益な洗脳教育と、金氏一族の神格化を主導して現在の北朝鮮独裁国家を作り上げた一等功臣は、1997年に韓国へ亡命した故黄長燁(ファン・ジャンヨプ)氏だ。55年モスクワ大学で哲学博士号を取得し帰国したファン氏は、金日成がソ連派の粛清のために召集した55年12月28日の朝鮮労働党宣伝部幹部会議を見て、自分の居場所をどのように作れば良いかをすぐに察した。
63年までのソ連派粛清を手伝い、北朝鮮全国の学校で哲学の本と外国小説(主にソ連小説)を処分して、大学で哲学科目を排除した。65年に「金日成総合大学」総長になり70年代からの金正日の世襲統治を、74年に「党の唯一思想体系」を作って支えた。80年に金正日の発表となっている「主体思想について」を執筆し、北朝鮮全土で「主体思想=金日成主義」を思想科目と哲学科目にして「全社会の金日成主義化」を完成させた。
彼は北朝鮮住民だけではなく、金氏一族をも操って特権的な暮らしを楽しんでいた。いくら亡命して思想転向をしたと言っても、彼の悪行の影響はあまりにも大きく痛ましく、今も人権とは何かを知らない北朝鮮の人々が、虫より酷い生活をしている。
95年以降、北朝鮮住民らは「日本の植民地時代より酷い」と慨嘆した。90年以後生まれの人たちは「祖国解放」などには関心がなく、自分の毎日の生活だけに没頭している。今年も祖父・金日成の真似をしながら「祖国解放75周年政治行事」を大々的に行いたいが民心が付いていかないから、最近は禁忌にした「脱北者」まで取り上げて北朝鮮の危機を彼らのせいにする政策をとっている。金正恩も母の兄弟を始め、多くの親戚が脱北している「脱北者」家族である。
人は何かの時点と出来事で180度変わることもある。
金正恩とその側近たちも、コロナ事態が重なった特別な75年を迎える今年の8月15日に、金氏一族ではなく一人の人間として正しく生きていく道を選んで欲しい。
北朝鮮の人々に8月15日は「祖国解放の日」ですか、金氏一族の搾取が始まった日ですか、民族分断の日ですかと問うてみたい。今の願いはコロナ禍で北朝鮮にいる兄弟の安否だけでも知りたいが、辛い時には自分より大変な人がいることに思いを馳せる、今自分にある幸せを数えてみる、このように何回も心が折れそうな自分を奮い立たせている。
日帝植民地時代より長く、ヒトラーの恐ろしい統治より長く、金氏一族の奴隷になっている北朝鮮の人々がいることを忘れないで欲しい8月15日でもある。(つづく)


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