韓国スローフード探訪35 薬食同源は風土とともに

光州の市場で体験したキムチ 旨さの極意は今も変わらず
日付: 2020年06月17日 00時00分

光州のキムチ(写真提供=韓国観光公社)
 韓国といえばキムチ。今や世界中で親しまれている発酵食品。腸内環境を整え抗菌作用も期待できるとあってコロナ感染予防に一層、人気が高まっている。スーパーマーケットのキムチ売り場も拡大され種類も増えている。その近くには納豆のコーナーも。「キムチ納豆でどうぞ」と言わんばかりの陳列。白菜キムチに手をのばしてしまいがちなのだが、買う前に必ずチェックするのが「発酵はしているのかな」ということ。結局のところ、よくわからないことが多く、韓国食材店に立ち寄り買っている。
キムチの発酵を促すのは薬念の力。薬念は塩や砂糖、塩辛、生姜やニンニク、唐辛子、ゴマ、香味野菜などを合わせたもの。作る人によって味もいろいろで、昔から「キムチはオモニの味」とされている。
20年ほど前の6月、光州にある良洞市場を訪れた。昼下がりだったこともあり、市場で働く人たちもおしゃべりを楽しみながらお昼ご飯の様子。そんな光景を見ながら市場をウロチョロしているとキムチ売り場が広がる一角で足を止めた。ズラリと並んだ塩辛の種類の多さに驚いた。「キムチの旨さは薬念次第。塩がよくないと味が出ない。光州のキムチは最高」とは聞いていたが「キムチの本場は違う」と納得しながらボーっと眺めていた。すると「日本人?日本語は少しだけわかるから」と店の女将さんらしき人が声をかけてくれた。嬉しかった。
女将さんは「これから大根のキムチを作るから。写真を撮ってもいいですよ」と。取材の下見に来たことがどうしてわかったのか不思議だったが理由は簡単だった。ぶら下げていた一眼レフのカメラからそう思ったようだ。「日本の取材は多いですか?」と尋ねると「キムチの取材に来る人が時々いてね。市場の仲間たちは、日本語がわかる私のところを教えるから何となくわかるようになって」と作業の手を止めることなく、「どこか他のところも回った?」と聞いてきた。「新安の塩田へ行ってきました」と話すと一瞬、手を止めて「話が早い。その塩が大事。光州のキムチが韓国一なのは塩田があるから」と女将さんは話を続けながら下処理した大根が入っている大きな容器に、塩・粉唐辛子・すりおろしたニンニクと生姜を入れていく。そこにカタクチイワシの汁を入れ、餅米の炊いたものを温かいまま大量に入れた。
驚いた表情をしていると「このやり方はここだけかな。砂糖よりも栄養が高いしカタクチイワシの汁と混ざることで味がよくなるから」と話を続けた。「もう少しだからね」と全体を混ぜ合わせていく。みるみる大根のキムチが出来上がっていった。「このキムチは即席漬けみたいなものだから明日には食べられるけど。出来立てを食べてみて」と差し出された。味見気分で食べた。「どう? もう少し食べてみて」。女将さんの好意に甘え、いただいた。
作りたての爽やかさはもちろんだが、短時間のうちに甘味・塩気・辛味・酸味・鹹さの五味が伝わってきた。まろやかな酸味と辛さが何ともさっぱりとしている。「薬念は今、入れたもので全部ですか」と聞くと「そう。薬念はキムチの種類によっても使う量も違ってね。今日はカタクチイワシの汁を入れたけど塩辛を使うこともあるし。塩辛の種類もいろいろあるから、作る人によるね。自分で作ってみることだね」と笑いながら「日本に帰っても韓国産のキムチを食べてね。キムチは発酵していないとダメだから」と。女将さんは、売り物の白菜のキムチやキュウリのキムチなどを皿に出してくれた。箸が止まらない。アッという間に皿はカラになっていた。
「そんなに美味しかった? よかった。よかった」と言いながら、女将さんは、おみやげに持って行くようにとさまざまなキムチを持たせてくれた。「こんなに食べきれない」と話しても「友達にあげたらいいから」と。両手いっぱいのキムチを持ち、高速バスターミナルへ向かった。
女将さんと同じ歳だったこともあって、20年来の交流が続いている。今はラインでつながるせいか離れている感覚がないほど。光州を訪れる度に、キムチの話で盛り上がっているが、女将さんと最初に出会った時に教えてもらった「キムチは発酵が大事。薬念の材料も新鮮で良質なものを使うように。作る人によってさまざまな薬念があるから、いろいろなキムチを食べてみて欲しい」の言葉を守っている。韓国で1週間も滞在すると身体がなんとなくスッキリするのもキムチの力によるのだろう。
毎年、秋に開催される『光州キムチ祭り』だが、今年はどうなるのだろう。発酵食品を楽しむ旅ができる日を楽しみにしている。


閉じる