韓国スローフード探訪34 薬食同源は風土とともに

薬念カルビでパワーアップ
日付: 2020年06月03日 00時00分

 ソウルをドーナツ状に囲む京畿道。その中心となるのがソウルから南へ約35キロに位置する水原。この街には朝鮮第22代王・正祖が築いた城郭・水原華城がある。正祖は世を継ぐことなく生涯を閉じた父を弔うために、風水によって最良の地とされた水原に墓所を設け、その傍で暮らしたいとの願いから遷都を試み、1794年に華城の築城を着工し96年に完成した。しかし、正祖は完成を見ることなく他界してしまい遷都は果たせなかった。華城は、それまでの建築土木技術には見られない石とレンガを組み合わせた工法など随所に土木建築の技術の高さを見ることができ、当時の記録が残っていることなどが評価され世界遺産に登録された。
市のシンボルともいえる華城八達門の周囲は車が行き交い、通りを歩くだけで城郭と共に歩んできたことが伝わってくる。ソウルからも近い距離のため、訪れることもしばしば。城郭の散策の後は、カルビ発祥の地とされる名物の『水原カルビ』でゆっくりお昼ごはんを楽しむことにしている。
水原カルビは骨付き肉で、その大きさから王カルビとも呼ばれている。市内にはカルビの名店も多く、名物と呼ばれるようになった背景には、ソウルへ入る交通の要所であり人や物の往来が盛んだったり、昔は農耕用の家畜が売買された栄洞市場があったことなどが挙げられる。だが、時代とともに農業も機械化され、市場も食肉を売買する場へと変化した。1956年ごろ、この市場でヘジャンク店を営んでいた店主の発想で生まれたのが薬念カルビだと聞いていた。だが、20年前に聞いた食肉組合の人の話によると「少し似ているけど、牛肉をヘジャンクに入れたのではコストが合わなくて失敗。それを見ていた近くの店の人が、薬念カルビを考案したと聞いている」という。いずれにしても、良質の牛肉が容易に手に入ったことで誕生したことに変わりはない。薬念カルビとは味つきカルビのこと。水原カルビの特徴とされるのが薬念で、塩やゴマ油、ニンニク、擦りゴマなど10種ほどの調味料や香辛料・香味野菜・果物などを混ぜ合わせた薬念を作り、それに骨つきのカルビをクルクル巻いて3~4時間ほど浸し、味を浸透させ炭火で焼いていただく。薬念は作る人によって材料や分量もさまざまだが、基本は塩という点が特徴になっている。
薬念カルビ
 華城・八達門から近いところにある専門店へと向かった。予約の時間よりやや早かったが、女将さんが笑顔で迎えてくれた。テーブルには、千枚漬けのような酸味の利いた大根や白菜の葉を大きいまま縦に4等分した水キムチ。そして、エゴマの葉や青唐辛子、細切りのネギなど肉を包んで(サム)食べるものからナムルやキムチなどがズラリと並ぶ。
炭火がいい感じに赤々としてきたころ、店の人がやってきて骨つきカルビを網の上に広げてくれた。徐々に肉が焼きあがっていくと同時に食欲をそそる匂いが立ち上がり、視線はカルビに集中。そこへ店の人がやってきて慣れた手つきで肉を裏返しにし、その場で焼き上がりを確かめるようにしていたかと思うと、ハサミで骨と肉を切り離しながら食べやすい大きさにチョキチョキと切って網の上に。「マシケドュセヨ」と言って立ち去った。
ここからが勝負。あまり焼きすぎると焦げてしまうし、次々と早く食べることもできない。とりあえず焦げないうちに皿へ移動させ、サムにして食べ始める。サムで最も好きなのが千枚漬けのような酢漬けの大根と水キムチの白菜だ。酸味と甘みのある大根や白菜に、ニンニクやゴマ油などの複雑な味のついたカルビを融合させた味わいは何とも美味。肉の量以上に、たっぷりといただく野菜の働きで食べ疲れもない。肉のパワーと野菜の力、さらに薬念の働きでパワーアップしたような感じになる。
「今日も美味しかった!」と、満足しながらバス停へと向かっていると、店の女将さんが小走りでやってきて梨の缶ジュースを渡してくれた。片言の日本語で「また会いましょう」と、嬉しかった。女将さんに会いに行ける日が早く来るようにと願っている。


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