キスン便り<第15回> 韓国での生活(2)

日付: 2020年04月15日 00時00分

 私が居た事務所の会計士は、多くが全羅道出身者で占められていました。全羅道差別があり、財閥に入ったところで出世の道が限られているからだろうと私は思いました。差別に立ち向かうには手に職をつけて、自分の力で生きて行くしかありません。必然的に専門職には全羅道出身者が増えます。ユダヤ人や華僑、海外移住した韓国人に起こっていることが、韓国内の全羅道出身者にも起こっているのでした。
そんな彼らは、アメリカとのアンチダンピングや移転価格の戦いでは何日も徹夜をするなどして資料をそろえ、勝利をもぎ取っていました。彼らは韓国の勝利に大きく貢献していました。日本の会計士には全く想像すら出来ないような世界で活躍していました。
さて、そんな韓国に私は駐在員として手を上げましたが、彼らは日本の会計士は、来てもらっても使い物にならないと考えていました。それで経費を全額日本側で負担するなら受け入れると言われました。しかし日本側は何のメリットもないから出そうとしません。仕方がないので国際部を退職しました。私を採用してくれた国内部の先生に辞めてしまった旨の手紙を書きました。すると数日後に呼び出しが掛かりました。監査法人を設立した創業メンバーの一人の大先生が、「俺のところから行けばいいよ」というのでした。それは、つまり先生のポケットマネーで行かせてやると言うことでした。お陰で私は韓国に行き、韓国の何たるかを学ぶことができました。
かみさんは海外の韓国人では初めて舞踊の人間国宝の名取りになることが出来ました。そんな日本人たちのお陰で、かみさんは韓国文化を日本の地で伝えることが出来ています。感謝あるのみです。
さて、半ば厄介者だった私ですが、着任した最初の年に、何件かの日本のクライアントを獲得しました。銀行も何行かあったと思います。日本の会社は、日本の監査法人と同じ系列の監査法人を選択しようとします。彼らもうちの事務所が優秀だとは知っていても、なかなか踏み切れませんでした。しかし私が着任し、自然な日本語で意思疎通が出来るようになって安心したようです。
また私は若い頃から韓国文化を研究していたので、日本人が投げかけてくる、「どうして韓国人は」という質問に納得のいく解説が出来ます。あるときは、日本人との会食の間中、私が韓国料理の解説をし続けたことがありました。五行による色の意味と食事の組み合わせ、何色がどの臓器に良くて、どういう健康効果があるのか、などといった話です。九節板の九にはどういう意味があるか、という話もしました。すると食事の後で同席していた韓国の会計士が、「李先生、私は今日初めて韓国料理がどれだけ素晴らしいものであるかを知りました。ありがとうございます」と言いました。韓国の若い人たちは、陰陽五行の理屈を知らないのだとその時初めて知りました。
日本の会社のソウル支社が監査人を変える場合は、支店長の責任になります。自分の経歴に傷が付くかもしれないのに、いくつもの会社が監査人をうちに変更してくれました。有難いことです。それで三年経ったころ、韓国の会計事務所が、日本の監査法人を辞めてうちに来ないか、待遇は役員扱いにする、といいました。最初ゼロ評価だったことからすると破格の条件です。しかし韓国での生活は毎日が戦いです。私はそういう状況に疲れていましたし、かみさんは在日に韓国文化を伝承したいという強い希望を持っていました。それで日本に戻りました。
それが今や、かみさんの教室に来る生徒さんの三分の二は日本人です。かつて差別の対象だったチマチョゴリを日本人が着て、喜々として踊っています。時代は変わったと感じます。

 李起昇 小説家、公認会計士。著書に、小説『チンダルレ』、『鬼神たちの祝祭』、古代史研究書『日本は韓国だったのか』(いずれもフィールドワイ刊)がある。


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