韓国スローフード探訪28 薬食同源は風土とともに

骨付き牛肉を10時間煮込むソルロンタンスープ
日付: 2020年02月13日 00時00分

 韓国にはたくさんの種類のスープがある。訪れて間もない頃は、チゲもタン(湯)もご飯の時にいただく味噌汁のようなものなのだろうと思っていた。ところが、味噌汁もきちんと出され、「あれっ、スープはおかずなのだろうか?」と不思議だった。「郷に入っては郷に従え」のごとく、まずは韓国の食べものをさまざまなシチュエーションで体験しようと思ったものだ。
韓国と日本の行き来が頻繁になり、韓国にも友人や知人が増え「家に泊まって」との誘いにのって極寒の時期にソウル鍾路区に住む友人宅に滞在した。真っ先に目に止まったのが、広いキッチンにあった超大型冷蔵庫。おまけに二つ並んでいる。「二人暮らしなのにどうしてこんな大きな冷蔵庫なの」と聞くと、「新見さんにはわからないかも。何かが起きた時に備えているの。店もたくさんあるけどね。私の年代は両親からそう教えられて」、そう言いながら冷蔵庫の扉を開いて中を見せてくれた。ひとつは冷蔵庫、ひとつは冷凍庫だった。
栄養価も高いソルロンタンスープ
 「せっかくだからソルロンタンを作るから。明日の朝を楽しみにして」と友人は業務用の大きな鍋に骨付きの牛肉を入れ火にかけた。10時間ぐらい煮込むのだという。昼過ぎから火にかけ、夕飯ごろになると家中がミルクのような匂いに包まれてきた。「美味しそう」とつぶやくと、「じっくり煮込むと骨の髄も溶け出して栄養価が高くなるから。昔から母は家でさまざまなスープを作ってくれて。こういうスープを作る時は必ず市場まで出かけて買ってくるの」。そんな話をしながら、明日の朝食が待ち遠しかった。
ソルロンタンの歴史は古く、一説には新羅時代に行われた先農祭・中農祭・後農祭に由来するといわれている。この祭りは農業の神様を祀る行事で、新羅から高麗・朝鮮時代へと受け継がれてきた。毎年、2月に啓蟄後の亥の日、丑の刻に王が臣下を伴い先農壇で神農に祭祀を上げ、豊作と農業の無事を願った。その時に使われた牛(いけにえ)でスープを作り人々に分け与えた。
先農祭の先農(ソンノウ)からソルロンとなりソルロンタンと呼ばれるように。現在、ソウル東大門区祭基洞にはかつて先農祭が行われた場所が残っている。
友人宅で翌日の朝を迎えた。ダイニングテーブルには、大きな器にアツアツのソルロンタンをよそっているところだった。キムチやナムル、それに鱈のジョンにご飯とみそ汁も。さっそくご飯をスープに入れながら食べた!「美味しい」。
友人は「韓国もいろいろな食べ物が増えて、簡単に食べられるけど、それでも家で作るのが基本でね。家族の健康はお母さんの料理次第なので」と、微笑んだ。スープはコクのある牛乳とも言えるような奥の深い味わい。一晩かけた友人のもてなしに感謝した。
手間ひまをかけた料理ほど感動するものはない。タンパク質、カルシウムが豊富なソルロンタン。好みで塩やネギ、そして大根のキムチと共にいただくソルロンタン。免疫力を促進させる効果もあるとされ、病後にも年配の方にも向いている優しいスープ。
春まだ遠い韓国には心身ともに豊かになれる美味しいスープが待っている。
新見寿美江 編集者。著書に『韓国陶磁器めぐり』『韓国食めぐり』(JTB刊)などがある。


閉じる