韓国スローフード探訪27 薬食同源は風土とともに

滋養たっぷり・機張のワカメスープ
日付: 2020年01月29日 00時00分

 釜山市内・南浦洞からバスで1時間ほどのところにある機張。この時季はカニを目当てに訪れる人も多く、釜山のチャガルチ市場とともに機張の市場も人気が高まっている。

韓国では、お産のあとにお母さんが1カ月ほど必ず食べるとされているのがワカメのスープ。お母さんの健康回復とともに母乳の出をよくすると言われ、また、子供の1歳の誕生日(トルチャンチ)の祝いの膳にもワカメスープは欠かせないものとされている。

韓国で、ワカメスープを最初にいただいたのは釜山の汗蒸幕店の食堂でのこと。ご飯とおかず、それにワカメスープという定食だったのだが、大振りの器に沢山のワカメが入ったスープは、もはやスープというより煮物のようにさえ見えた。

驚いた表情をしていると、店のおばさんから「女の人に必要な栄養がいっぱいあるんですよ。この量は韓国では普通だけど。おかわりもいいですよ」と、あれこれ気遣いをしてくれる。「韓国って何だか凄い!」―これが、ワカメスープを初めていただいた時の印象である。

海産物と言えば有名なチャガルチ市場。このワカメもきっとそこで買ってきたのに違いないと思い「ワカメはチャガルチ市場で買うのですか」と得意げに尋ねたところ、「機張まで行って買ってくる。機張のワカメは韓国で一番だから」という。「機張ってどこにあるのですか?」と尋ねると「バスで行けるよ」と、かなりざっくりとした返事。気にはなったが、その当時は地理にも不馴れで初めての釜山状態だったため機張を訪れたのはそれから数年後のこと。

「機張でワカメスープをいただいてみたい」ということで、ワカメや昆布、カタクチイワシなどの水揚げで知られる機張の大辺港へと向かった。港の周辺には大小の食堂が並び、仕入れに訪れた人たちでどこも賑わっていた。地元の人にワカメスープの店を尋ねると「どこでも旨いし、魚を入れたりアワビを入れたりしているところもあるから」と。

ランチタイムを過ぎたころ1軒の店に入り、ワカメスープ定食のようなものを頼んだ。「うわぁ、これまたすごい量のワカメ。肌も髪も健康になるわけだ」と妙に納得できたのだが、同時に「産後にワカメスープを食べる習慣はどこから来たのだろう」とモヤモヤしていた。

「どこに行けば歴史がわかるのだろう」…そんなふうに思っていた時、店主のお母さんが「韓国の世宗実録にある世宗地理志に機張のワカメが出ていて、その話がこの辺でも言い伝えになっていてね。どんな話かというと高麗時代に、お産をした鯨が海に生い茂るワカメを噛み切るようにして、たくさん食べていたのだそうなの。その光景を見た偉い人がお産の後にはワカメのスープがお母さんの身体を元気にするということで、産後はワカメスープ。そして誕生を祝い、成長に感謝して子供が1歳になった時や誕生日には必ずワカメスープを食べる習慣ができたということ。食事が一番大事。どうですか、美味しいですか。機張のワカメは、王様に献上されていたのだからきっと美味しいですよ」と、目を細めた。

昨年、訪れてみると機張はカニの街として人気が高まっていたが、良質のワカメや昆布、カタクチイワシを求めてやってくる馴染み客の姿も多かった。由来を教えて下さったお母さんの息子さんから「また来てください」と乾燥したワカメをおみやげにいただいた。

新見寿美江 編集者。著書に『韓国陶磁器めぐり』『韓国食めぐり』(JTB刊)などがある。


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