韓国の秋の風物詩とされるキムジャン。流通が今ほど発達していなかった時代に、越冬用に大量のキムチを作り野菜不足を補った。「キムジャンボーナス」があったともいう。キムチ作りの指揮官は、その家のお母さん。一家総出で作るのはもちろんのこと、親戚やお隣同士が手伝うのも珍しくない。20年前まではソウルでも庭に白菜を広げ、おしゃべりを楽しみながらキムジャンをやっている光景を目にした。最近は都市化が進み、あまり見ることはないが、「キムチはやっぱり家の味」とキムチ作りを大切にする人も多く、高層アパートに住む友人宅にはキムチ専用のキッチンが備わっていて驚いた。
昨年11月、釜山から慶尚南道梁山市にある通度寺を訪れた。寺の博物館に行くのが目的だったのだが休みということで、境内へと進んだ。
この寺は、海印寺、松広寺とともに韓国三大名刹のひとつとされ、松の生い茂る参道を20分ほど歩くと、一柱門、諸堂、極楽殿、鐘楼、観音堂、九竜神池、大光明殿、不二門、大雄殿、皇華閣講堂があり、この寺で最も大切な仏舎利を奉ずる金剛戒壇(仏舎利塔)がある大きな寺である。
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驚くほどたくさんの白菜が積まれていた |
訪れた日のこと。大雄殿のある広い庭では、僧侶と修行僧のほぼ全員でキムジャンの真っ最中だった。思わず、カメラを出してパチリパチリとその様子を撮った。「こんな光景はめったにお目にかかれない」初めて見る寺のキムジャン。塩水に一晩つけた白菜の余分な塩気を取り除く作業をやっていた。「すごい白菜の量だ」独り言を言いながら、作業の様子を見ていると、どこからともなく僧侶がお茶を持って近づいてきた。「日本からですか。お寺で食べる冬用のキムチを作っているところで。どうぞお茶を」と。韓国語に日本語を少し交えて話しかけてくれた。そこで、お寺のキムチは一般的なキムチとどこか違いがあるのかを質問すると、「大きな違いはないと思いますが、塩辛の量を加減したり薬念(合わせ調味料)を工夫したり、ということはあると思います」と。さらに、「合わせ調味料を作る方はどなたですか」と訊ねると「寺には専門の担当部署があって、そこが寺の食事関係を管理しています。それと味噌づくりも醤油づくりも修行のひとつなので。ところで韓国の寺で食事をしたことはありますか」と、問われ「桐華寺に2度、宿泊体験をしました」と答えると、「経験なさっているからわかると思いますが、食べる分だけの量を皿にとり、残さずに食べる。食べたあとの器は自分で洗って元に戻す。これも修行と教わったと思いますがキムチ作りも同じで、必要とする分だけを作り、残さないというのが当たり前。また、ゆっくりと発酵させ熟成の進み具合で、キムチを保存する大きな甕(ハンアリ)から中ぐらいの甕に。さらに小さな甕に移しながらゆっくりと熟成を促し、旨みのあるキムチを作っていただいていますよ」と。「薬念はとても大事で、中でもアミの塩辛の加減によって発酵も熟成もまろやかさも変わってくるから」と続けた。住職はニコニコしながら「冬の寒い時期にいらしてください。美味しいキムチが出来上がっているので。空気のきれいな山の中なので、おいしさも格別です」と。
きっと美味しいに違いない。大量の白菜をひとつずつ丁寧に扱う若い僧侶たちに、笑いながら次々と指示を出す先輩僧侶たち。これも修行のひとつなのだろう。キムジャンは僧侶たちにとっては楽しいイベントのように思えた。キムチが食べごろになるころ、厳冬の通渡寺を訪れてみたい。
新見寿美江 編集者。著書に『韓国陶磁器めぐり』『韓国食めぐり』(JTB刊)などがある。