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店のそばを流れる穏やかな渓流 |
韓国にはさまざまな鍋料理がある。その中でも秋にいただくボソッジョンゴル(きのこ鍋)は格別。一般的なメニューなので、何処ででも食べることができる鍋料理なのだが、採れたてのキノコをふんだんに使った味は心に残る。紅葉の美しさもあって、秋になると旬の味覚を楽しむために、足を運ぶところがある。
向かった先は公州からバスで行く鶏龍山国立公園、東側登山口付近に並ぶ土産物屋兼食堂。数年前から、そこに並ぶ1軒の店を訪れている。
鶏龍山国立公園は鶏龍・太田・公州・論山市にまたがる広大な国立公園で、鶏龍山と呼ばれる山があるのではなく、神仙峰をはじめ20の峰々が連なり、その景色がまるで鶏の鶏冠のように見えることから鶏龍山と呼ばれている。いくつかの登山口があり、週末ともなると多くの登山客が訪れ、食堂も大賑わいとなる。
ここで食べたボソッジョンゴルは、街中で食べるものとは一味も二味も違う。ストレートに言えばキノコの味が濃いのだ。鍋の具材は、マイタケやシメジ、エノキ、エリンギに牛肉やネギ、白菜、ズッキーニ(ホバック)などの野菜が入り、ピリ辛感のある味噌風味。それぞれの具材が鍋で融合した味は、まろやかでしかも淡泊。辛味は食欲をそそるアクセントにすら感じられる。汁の旨味もどんどん増して、ご飯がすすむ。しだいに身体がポカポカとなり上着を脱いで、鍋に伸びる手は止まらない。
座席は簡単な屋根だけがある屋外とあって、秋風がここちよい。秋の観光シーズンで座席は満席だ。店の人たちも休む暇もなく動いていたが、見覚えのあるおばちゃんがニコニコしてテーブルにやってきた。「また来てくれて」と声をかけてきた。「このキノコは天然物で味も濃いし、美味しいから沢山食べて。サービス!サービス!」と、ボウルに山盛りしたシメジと「私が作ったものだから」と、この地方特産のトトリムッも持ってきてくれた。
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鶏龍山でいただいたポソッジョンゴル |
トトリムッはどんぐりを粉にして作る手間暇のかかる料理。初めて食べた時は寒天のようで、そうでないような。最初のひと切れはそのまま食べたが、次のひときれは薬味の入った醤油をつけて食べてみたところ、素朴な風味が薬味入りの醤油で引き出され「美味しい」と思った。この食べ方が正しいかどうかはわからないが、料理の名前も材料がどんぐりということもこの時に知った。
店のおばちゃんに「トトリムッは特産なの」と聞いてみると「どんぐりがいっぱい落ちているし、身体にもいいからね」と、あっさりとした返事。特に気負うこともなく、これぞまさしく日常に活かされた薬食同源の世界だ。
キノコ鍋とトトリムッを夢中で食べ終わり、ようやく目の前に広がる雨に濡れた紅葉樹林を眺めた。店のおばちゃんの人情が何よりうれしい。薬食同源の基本は愛情かもしれない。
新見寿美江 編集者。著書に『韓国陶磁器めぐり』『韓国食めぐり』(JTB刊)などがある。