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紹修書院 |
秋になったら訪れたい場所がある。今から約20年前の冬のこと、韓菓と伝統茶作りの体験学習で1週間ほどソウルに滞在した。指導して下さった先生から「もし、時間があれば高速バスで2時間以上はかかるけど栄州に行ってみる?」と言われた。話を聞くとどうやら、その近くに500年ほど続く韓菓があるという。先生から現地に連絡を入れてもらい、初めて栄州市と隣り合う奉化郡へ出かけ韓菓作りを体験した。その帰りに、たまたま入った栄州市の飲食店でホクホクした高麗人参の天ぷらを食べた。実に美味しかった。それから数年後、再び栄州市へ行く機会があった。目的は、栄州市の見どころとなる紹修書院と浮石寺の取材だったが、あの時の高麗人参の天ぷらを食べたいという密かな楽しみもあった。まずは市内を歩いてみることに。何と豊基高麗人参市場があり、栄州は国内有数の高麗人参の産地であったことを知った。高麗人参の天ぷらを出す店を探すのに苦労することはなかった。高麗人参は、さまざまな地域で栽培されている。天ぷらもさほど珍しくはないのだが、栄州で食べた高麗人参の天ぷらは、ホクホク感とともに口に広がるやさしい甘味感がいい。
慶尚北道の北に位置する栄州市は、忠清北道と江原道に隣接し小白山脈の裾野にあり、山間の地形を生かした果樹栽培や酪農が盛んで、高麗人参やりんご、韓牛が特産品として知られている。また、この街が全国的に知られる理由が二つあり、いずれも精神性を高めるものとして今に受け継がれているように思う。一つは1542年に国内初の書院(儒学を学ぶ私設の教育機関)とされる紹修書院が建てられ、国王が公認した最初の賜額書院とされたこと。この書院には、元(中国)で朱子学(儒教に新たな解釈を唱えた朱熹に由来)を学び、自国にそれらを伝えた安珦(1243~1306)を国師として祀っている。もう一つは676年に創建され、幾度かの再建を繰り返した浮石寺の存在。木造建築として最古ともいわれる国宝『無量寿殿』。建物の背後には「浮石」と刻まれた巨石があり、ここに立つと哲学的な問いかけをされているように思う。
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栄州特産の高麗人参の天ぷら |
儒学者(ソンビ)を数多く輩出した栄州で、数年前から食通を唸らせているのが特産品の韓牛やリンゴ、高麗人参を使った地産地消に基づく料理の数々。知人に教わった高麗人参定食を看板メニューにする1軒を訪ねた。お粥、前菜のサラダなど11種ほどの料理がテーブルに出され、お目当ての高麗人参の天ぷらもある。よく見てみると、高麗人参の他に、ごぼうやトウキの葉もあって何と贅沢なこと。まずは高麗人参に箸をのばした。「そうそう、この味!」。ほんの少し蜂蜜がかかっていたようだが、ホクホク感とやさしい甘さと苦さが何とも言えない。そして、初めて食べたのが特産の韓牛と高麗人参のトッカルビ。肉の旨味と高麗人参の食感を生かし、実にまろやかな味わい。しかも食べ応えがある。味の決め手となるヤンニョムは秘伝のものなのだろう。数々の料理に興奮していると、バンチャン(小皿料理)とご飯、テンジャンチゲが運ばれ、韓国のおもてなし料理の豊かさと身体に負担のない料理の数々に感動した。猛暑が過ぎ、山々が錦色に染まるころ三度、栄州を訪れることにしている。猛暑もなんのその、高麗人参茶を飲みながら涼しくなる秋が待ち遠しい。
新見寿美江 編集者。著書に『韓国陶磁器めぐり』『韓国食めぐり』(JTB刊)などがある。