韓国スローフード探訪13 薬食同源は風土とともに

江原道原州 食通もうなる市場の焼肉
日付: 2019年05月15日 00時00分

 韓国といえば焼肉。肉料理文化が発達した韓国には多様な肉料理がある。韓国を初めて旅行したころ、釜山の焼肉店で肉が焼きあがるのを待っている間、テーブルに出された酢漬けのような味の大きな大根の薄切りがたまらなく美味しく、それだけをパクパク食べていた。その時、隣のテーブルのおじさんが「肉と一緒に食べるんだよ。こうしてね」と、笑いながら教えてくれた。もちろん韓国語はわからなかったが、大根に包んだ焼肉を見て、「包んで食べるものなのだ」と知った。肉が焼きあがるころ、器の大根は無くなってしまった。落胆していると、おかわりを持ってきてくれた。小皿料理や付け合わせは、おかわりができることも初めて知った。酸味と甘みのある大根と味のついた肉が一緒になり、食べやすい。栄養バランスも見事だった。以来、焼肉店に入ると肉と一緒に食べる葉もの野菜やテーブルに並ぶ小皿料理(バンチャン)に関心がいくようになった。
原州中央市場の焼き肉店で
 牛肉の中でも国産の韓牛は高価。産地によっても特徴があると言われるが、食べても産地の違いまではわからないものの、できれば産地で食べたいという思いが強い。これまで、いくつかの産地で食べてきたが、江原道横城の韓牛が味わえるという評判の市場で食べてみたいと思っていた。ソウルに住む知人からも、そこで出される焼肉を食べるだけの目的でバスや列車で行くのだと聞かされてきた。念願が叶い、知人たちと一緒に行くことになった。
原州までは、ソウルからバスで1時間30分ほど。原州駅からはタクシーで約7~8分で原州中央市場に到着。1960年から続くこの在来市場は長年、地元の人たちの暮らしを支える場として発展したが、近年は老朽化が目立ち客足が少なくなった。そこで、建物の2階を「迷路芸術劇場」というネーミングで若者たちに出店の場を提供し、アートや体験型ショップ、カフェなどを増やしたことで若者たちが足を運ぶようになったという。
お目当ての店は、市場の奥の奥。数軒の飲食店が連なる一角があり、どの店もおふくろの味が待っているかのような雰囲気がある。食通をも唸らせる焼肉とはどんな味なのか、期待感が高まった。目的の店があった。
店先では、昼どきを前に炭をおこしているおばさんの姿がある。炭のいい香りが流れ、近づいてみると赤々とした炭を店内のテーブルへと運ぶところだった。「カチッカチッ」という炭の音。上質の炭とわかる。この炭を使って肉を焼いたら美味しいに違いない。予約はしておいたが、座敷スタイルの店内は正午前にはすでに満席。炭火がセットされたテーブルにつくや否や、韓牛の大皿と8種類ほどのバンチャンが次々と運ばれてきた。早々に肉を焼き始める。炭火の遠赤外線の働きによって高温でサッと火が通っていく。最初はゴマ油と塩でいただく。牛肉の旨みがジュワーっと口の中いっぱいに広がるが脂っぽさは全くない。サシがなく、噛み味も良く、これが牛肉そのものの味なのだろう。肉をひっくり返しながら、食べごろを判断しては口へと運んだ。テーブルに並ぶ酸味の利いた長ネギの細切りも玉ねぎも、香りが高く味が濃い。横城の韓牛は理屈抜きに「旨い」。清浄な空気と高低差のある自然の中で飼育された韓牛と、牛肉の旨さをさらに高めているのが江原道雉岳山の麓で作られるクヌギの炭火。1300度まで温度を高めたあとは1週間じっくりと時間をかけて炭が出来上がっていく。遠赤外線の効力はもちろんのこと、炭火のそばにいるだけで日ごろのストレスをも緩和してくれているとさえ思える。食の産地には、心もお腹も満足させる知恵と工夫が根付いていた。
新見寿美江 編集者。著書に『韓国陶磁器めぐり』『韓国食めぐり』(JTB刊)などがある。


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